ライフ

ディズニーランドを誘致した『全国女性街ガイド』著者の正体

第1回芥川賞候補作家だった渡辺寛氏

 戦後間もない頃に存在した売春街“赤線地帯”。わずか12年という短期間だったが、政府公認の売春街という特異な性質が、現在の性風俗店とは異なる独特な魅力を放っていた。そんな赤線を始めとする全国356か所の売春街を訪ね歩き、徹底取材したガイド本がかつて存在した。『全国女性街ガイド』である。

 これだけの地域をたった一人で取材した“色街の伊能忠敬”こと渡辺寛とは何者なのか。調べていくと、赤線ライターとは相容れぬ、意外な経歴や肩書きが次々と明らかになった。売春防止法施行により、赤線と共に出版界から姿を消した幻の作者の足跡を辿った──。
(文中敬称略)

取材・文■窪田順生(ノンフィクションライター)

 * * *
『全国女性街ガイド』(以下ガイド)は、膨大な情報量という点で実用的であったが、そこに渡辺の風情のある文章が加わることで、さらに魅力を増した。『ガイド』を出版した季節風書店の親会社である自由国民社の取締役・編集部長の竹内尚志は言う。

「私は渡辺氏と面識はありませんが、弊社では伝説の作家という扱いです。谷崎潤一郎や泉鏡花などエロティシズムを表現した作家は多いが、渡辺氏の“粗にして野だが卑ではない”という在野感が格好いい。短文に各地の風情が描写され、知性やロマンもちりばめられている。その構成力に単なる物書きとは違うセンスを感じます」

 実は渡辺は、『ガイド』を世に出す20年前の昭和10年、若き工場労働者たちを描いた『詫びる』という小説で、第一回芥川賞の候補になっていた(受賞者は石川達三)。同じく落選した太宰治が参加した機関誌『日本浪曼派』では、檀一雄、三好達治という錚々たる文豪と名前を並べている。

 しかし、当時20代の新進作家だった渡辺は、なぜ女を求めて各地を彷徨い歩く旅に出たのか。その謎を解き明かすには、彼の素顔を知らなくてはいけない。

 晩年に自ら書き残した「経歴」によると、渡辺は大正2年、東京・根岸の洋食屋を営む夫婦のもとに生まれた。長男で妹が4人。関東大震災で家を失ったことで生計のため11歳からさまざまな職を転々とした後、電球や万年筆の工場労働者となる。そこで左翼運動に傾倒したようで、手帳には〈オルグ活動。何回もの逮捕・投獄〉という記述がある。その後、自身の姿を投影したかのような小説『詫びる』を上梓。

 つまり、渡辺は、小林多喜二が缶詰加工船で働く貧しい労働者を描いた、『蟹工船』に代表されるプロレタリア文学の若き担い手だったのだ。

関連キーワード

トピックス

降谷健志の不倫離婚から1年半
《降谷健志の不倫離婚から1年半の現在》MEGUMIが「古谷姓」を名乗り続ける理由、「役者の仕事が無く悩んでいた時期に…」グラドルからブルーリボン女優への転身
NEWSポストセブン
警視庁がオンラインカジノ店から押収したパソコンなど(時事通信フォト)
《従業員や客ら12人現行犯逮捕》摘発された店舗型オンカジ かつての利用者が語った「店舗型であれば”安心”だと思った」理由とは?
NEWSポストセブン
橋本環奈と中川大志が結婚へ
《橋本環奈と中川大志が結婚へ》破局説流れるなかでのプロポーズに「涙のYES」 “3億円マンション”で育んだ居心地の良い暮らし
NEWSポストセブン
10年に及ぶ山口組分裂抗争は終結したが…(司忍組長。時事通信フォト)
【全国のヤクザが司忍組長に暑中見舞い】六代目山口組が進める「平和共存外交」の全貌 抗争終結宣言も駅には多数の警官が厳重警戒
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《前所属事務所代表も困惑》遠野なぎこの安否がわからない…「親族にも電話が繋がらない」「警察から連絡はない」遺体が発見された部屋は「近いうちに特殊清掃が入る予定」
NEWSポストセブン
放送作家でコラムニストの山田美保子さんが、さまざまな障壁を乗り越えてきた女性たちについて綴る
《佐々木希が渡部建の騒動への思いをストレートに吐露》安達祐実、梅宮アンナ、加藤綾菜…いろいろあっても流されず、自分で選択してきた女性たちの強さ
女性セブン
看護師不足が叫ばれている(イメージ)
深刻化する“若手医師の外科離れ”で加速する「医療崩壊」の現実 「がん手術が半年待ち」「今までは助かっていた命も助からなくなる」
NEWSポストセブン
(イメージ、GFdays/イメージマート)
《「歌舞伎町弁護士」が見た恐怖事例》「1億5000万円を食い物に」地主の息子がガールズバーで盛られた「睡眠薬入りカクテル」
NEWSポストセブン
キール・スターマー首相に声を荒げたイーロン・マスク氏(時事通信フォト)
《英国で社会問題化》疑似恋愛で身体を支配、推定70人以上の男が虐待…少女への組織的性犯罪“グルーミング・ギャング”が野放しにされてきたワケ「人種間の緊張を避けたいと捜査に及び腰に」
NEWSポストセブン
和久井学被告が抱えていた恐ろしいほどの“復讐心”
【新宿タワマン殺人】和久井被告(52)「バイアグラと催涙スプレーを用意していた…」キャバクラ店経営の被害女性をメッタ刺しにした“悪質な復讐心”【求刑懲役17年】
NEWSポストセブン
女優・遠野なぎこの自宅マンションから身元不明の遺体が見つかってから1週間が経った(右・ブログより)
《上の部屋からロープが垂れ下がり…》遠野なぎこ、マンション住民が証言「近日中に特殊清掃が入る」遺体発見現場のポストは“パンパン”のまま 1週間経つも身元が発表されない理由
NEWSポストセブン
幼少の頃から、愛子さまにとって「世界平和」は身近で壮大な願い(2025年6月、沖縄県・那覇市。撮影/JMPA)
《愛子さまが11月にご訪問》ラオスでの日本人男性による児童買春について現地日本大使館が厳しく警告「日本警察は積極的な事件化に努めている」 
女性セブン