たとえばインフルエンザの場合、任意の予防接種は大人1回で3000~4000円。一方、感染してから受診すると、患者の自己負担は3割負担で診察代2000円(初診料・検査料・診察料・処方料を含む)と代表的な治療薬の処方で1300円(リレンザ5日分)。合わせて3300円ほどだ。
自己負担は同じような額になるが、病院に入る診療報酬は、「治療」の場合、保険収入込みで1万1000~1万2000円になる。予防より治療のほうが3倍も実入りがいいのだ。秋津医院の秋津壽男院長が解説する。
「患者が病気で仕事ができず、給料がもらえなかったりする“逸失利益”まで考慮すると、患者にとってのコストは病気になる前に予防したほうが圧倒的に安く済みます。だからこそ、予防に力を注ぐのが成熟した国家のあり方のはずですが、現実はそうなっていない」
医師や医療機関にとって「治療」にインセンティブが生まれる制度設計に加え行政体制にも課題がある。白澤抗加齢医学研究所の白澤卓二・医師はこう語る。
「現在は厚生労働省が予防医療と治療医療の両方を所管しています。予防が普及すると疾病の発症が少なくなる反面、治療にかかる医療費は減る。患者の負担や医療財政からすれば予防に力を入れた方がよいことは厚労省も理解しているはずですが、実際には成果がわかりやすい治療医療に財源も傾きがちになる。
国が本気で予防を重視するなら、食料品を所管する農林水産省や生活インフラを所管する国土交通省に予防医療の行政的な権限を移すぐらいの覚悟が必要になります」
一般に、ある行為が一方の利益になると、他方の不利益になる状況を「利益相反」という。厚労省の所管で予防医療と治療医療が併存するのはまさに「利益相反」である。
※週刊ポスト2017年2月10日号