翌朝、とある住宅の一室で、自殺幇助が始まった。私は、なぜか「グッドモーニング」と彼女に口ずさんだ。それが正しい表現かは分からないが、場の雰囲気が、私をそうさせた。
サンドラと連絡を取り合ってきたスイスの自殺幇助団体「ライフサークル」代表のエリカ・プライシック女医が、複数の質問を始める。
「誰かに強制されてきたのではありませんね」、「なぜ、今、死のうと思うのですか」、「病気の療法説明は受けていましたか」など、最終診断を行なった。ここで、女医に疑念が生じれば、自殺幇助は中止されることもある。
ベッドの前に置かれたカメラが回り、横には毒薬入りの点滴が置かれた。プライシック女医から「点滴の毒を開いたら何が起こるのか」と尋ねられると、サンドラは躊躇わずに答えた。
「Yes, I will die(はい、私は死ぬのです)」
サンドラは落ち着いた様子で苦笑いを浮かべ、夫の写真1枚1枚に口付けた。そして点滴のストッパーを開くと、20秒足らずで息を引き取った。
自殺幇助は、警察への届け出が必要になる。現場には、3人の警察官と検察官が訪れ、殺人罪も考慮に入れた捜査が行なわれる。もちろん、私も容疑の対象となった。プライシック女医は、私に言った。
「早く、このバカげた警察の捜査を止めてくれないかしら。警察だって、殺人事件じゃないって分かっているのよ」
その捜査の間、私は審問を受けながら、サンドラを眺めていた。まるで昼寝から目を覚ますのではないかという錯覚が、私にはあった。
※週刊ポスト2017年2月17日号