歴史上の人物、李白や王陽明などは日本漢字音で読み、現代人名は支那語音で読む、というつもりらしいが、葉永烈は林彪死亡時に31歳である。同時代人ではないか。仮に王陽明という現代の大学生がいたら、思想家の王陽明は「おうようめい」、大学生の王陽明は「ワンヤンミン」とするのだろうか。王陽明(ワンヤンミン)は北京大学で王陽明(おうようめい)の思想を専攻している、とか。
中には、林彪も支那音で表記しろという人がいるかもしれない。では、それは「リンピャオ」か「リンビャオ」か。
漢字は表意文字(表語文字とも言う)で、表音文字はない。そのため外国人(欧米人)向けにラテン文字による表記が考案されてきた。しかし、音韻体系が全然違う二種類の言語だから、ラテン文字表記は便宜的なものにすぎず、通常のローマ字読みをしても正しい発音にはならない。
林彪はlin biaoである。声調(語の抑揚)符号はここでは省いた。実際、英字新聞だろうと、空港の発着便のアルファベット表示だろうと、声調は示していない。
さてlin biaoの発音だが、リンビャオでもリンピャオでもない。支那語には有気音(息が出る)と無気音(息がほとんど出ない)の別があるが、それを便宜的に無気音をbで、有気音をpで表記しただけである。英語などヨーロッパ語では、bは有声音(声帯が震える)、pは無声音(声帯が震えない)である。日本語でもバ行音は有声音、パ行音は無声音だ。無気音のbiaoを有声音のビャオと発音するなんて、二重に間違っている。現実には、林彪は日本人にはリンピャオに近く聞こえる。
地名のハルピンも同じである。日本人はそう聞いてきたのだ。これをハルビンとするのは全く無意味である。「かつてハルビンにあったハルピン学院」などという異常な文章を時々目にする。それを助長し強制して得意気なバカには本当に困る。
※週刊ポスト2017年2月24日号