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2017.03.02 16:00  週刊ポスト

【著者に訊け】木下昌輝氏 『敵の名は、宮本武蔵』

 さて、件の憲法黒である。元は染物業を営み、乱世の世に名門道場となった吉岡の名を継いだ憲法は、実は剣にもまして草木染に心惹かれていた。ある時、京の重鎮・安楽庵策伝の招きで茶器や書画の銘品を堪能した彼は、中でも武蔵の作だという一幅の水墨画に目を見張る。〈黒一色だが、濃淡が一切ない〉〈これは、盲いたものが見る闇の色なのだ〉

「今回取材した吉岡さんに染色の工程を見せていただいたり、せっかくの水を汚すなんて京都では邪道だと言われている話を聞く中で、武蔵と憲法それぞれが表現した黒という色に共感覚のようなものを感じたんです。

 世間には共感覚と言って、色から音が聞こえたりする能力の持ち主がいるそうです。弟子と道場破りに来た武蔵の眉間を一撃し、自分も腕を痛めて剣を捨てた憲法には、人を斬ることで変化していく武蔵の絵がどう視えたのか、同じ共感覚を持つ者同士の目線で追ってみたかったんです」

 人を斬るばかりではない。本書の武蔵は巌流こと津田小次郎との決闘をある人物によって仕組まれ、2人の画会仲間を殺されてもいた。しかもその企ては父・無二と本位田外記、そして母・於青との秘められた因縁に端を発し、その衝撃の事実を知った武蔵の人間的変化を、木下氏は虚実のあわいに活写する。それこそ憲法は言う。〈殺人剣の極みに、果たして色があるのか〉と。

「この企み自体は僕の創作ですけどね。一応文中でも紹介した『沼田家記』など、その人物の関与を匂わせる史料は複数あって、事実をベースに大ウソを捻り出すのが、以前はSFも書いていた僕のやり方なんです」

 と飄々と言いつつ、武蔵ら視えてしまう者の宿命や、一たび斬られれば呆気なく死に至る人間の儚さや業に肉薄する木下氏。その目的はあくまで「面白い嘘」にあり、今後がますます楽しみな歴史小説の新星である。

【プロフィール】きのした・まさき:1974年奈良県生まれ。近畿大学理工学部建築学科卒。「元々作家志望で、『だったら抽斗を増やせ』と友達に言われて建築科に進みました」。ハウスメーカー勤務、フリーライターを経て大阪文学学校に学び、2012年「宇喜多の捨て嫁」でオール讀物新人賞、2014年に単行本デビュー。同作は直木賞候補となり、歴史時代作家クラブ賞新人賞、舟橋聖一文学賞、高校生直木賞を受賞。他に『人魚ノ肉』『天下一の軽口男』等。大阪在住。180cm、80kg、A型。

■構成/橋本紀子 ■撮影/三島正

※週刊ポスト2017年3月10日号

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