ヤマト運輸は、自社のホームページで3月4日、「一部の報道機関において、当社の未払い残業代の精算に関する報道がありましたが、記事に掲載されている『未払い残業代』については、当社からの発表に基づいたものではありません」として、まだ支払いの時期を正式に発表していない。
しかし、私の手元には、「平成29年1月18日付」で「人事戦略部」が出した「神奈川主管支店の皆さまへ」と題したA4サイズ2枚の社内文書がある。それによると、「平成27年1月度~平成28年12月度の2年間」にわたり、サービス残業代を支払う、とある。「支給日は、3月24日の予定です」と明記してある。また、すでにサービス残業の支払いの手続きを終えたという元ドライバーからも話を聞いて、サービス残業代の計算をした資料も手にしている。
ヤマトが近々に、労働者に対して巨額のサービス残業代を支払うということは、疑いのない事実である。私が『仁義なき宅配』を書いたのは2015年。こだわったのは、現場にどこまで近づけるのか、ということだった。
ヤマト運輸の配送車への横乗りから、佐川急便の深夜の長距離トラックの横乗りまでやった。ヤマトと佐川の集配センターでの夜勤のアルバイトとして合計3か月潜入取材をして分かったことは、いずれの現場でもギリギリのやりくりが求められていた、ということだった。
横乗りをしたヤマトの集配車のドライバーは、その夏の繁忙期に連日200個の宅急便を配り続け、くも膜下出血で倒れた。佐川の長距離トラックに同乗した時は、ドライバーと一緒に800個以上の荷物を手積み、手降ろしして、3日で関東―関西間を往復してへとへとになった。
ヤマトの旗艦センターである羽田クロノゲートでアルバイトとして働いた1か月間は、夜10時から朝6時まで、クール宅急便の仕分け作業をやった。日給は、夜間手当を含めても9000円に届かない。そのアルバイト代の安さに、日本人だけでは成り立たず、半分近くを東南アジアからの留学生が占めていることを知った。
そうした現場での取材から見えてきたのは、宅配便という社会のインフラが、砂上の楼閣の状態にあり、いつ崩壊してもおかしくないという事実だった。そこで描いた最悪のシナリオが今、現実のものになりつつあるのを目の当たりにしている。
※週刊ポスト2017年3月24・31日号