北朝鮮軍は、北朝鮮と日本を十分往復可能な大型輸送機(イリューシン76)を用いて落下傘降下訓練を行っており、日本へ特殊部隊を投入することも可能な状態にある(なお、この輸送機は最近になって新たに迷彩塗装が施されている)。
陸上自衛隊最強の特殊作戦群なら彼らに対応できるかもしれない。しかし、現実には法律の壁が立ちはだかることになる。防衛出動が下令されないかぎり、自衛隊の武器使用は警察官職務執行法が準用される。つまり、偵察兵の侵入が「外部からの武力攻撃」とみなされない限り、自衛隊は北朝鮮軍最強の兵士と「警察官」として対峙しなければならないのだ。
このような、北朝鮮国外における暗殺や破壊工作などのテロを主任務とする特殊部隊の存在は、日本にとっては弾道ミサイルよりも現実的な脅威といえるのではないだろうか?
近い将来、特殊部隊が大型輸送機で日本へ侵入するような事態が発生する可能性は低いだろう。だが、米朝関係次第では(例えば、米国に対する「本気度」を示すため)、地方における小規模なテロを起こす可能性はある(偵察兵は、国外では通常3人一組で行動するよう訓練されている)。
テロの目的にもよるのだが、そもそもテロは大都市で起きるとは限らない。日本国民を不安に陥れることを目的とするなら、例えば、地方のローカル線を走るワンマン列車を爆破すれば済む。単なる脱線事故ではなく爆破事件となればマスコミが注目し、毎日のように様々な憶測が飛び交うだろう。
今回の「アメリカ先制攻撃説」以上の流言飛語がネット上で飛び交うことになる。さらに、爆発物が北朝鮮製のものと判明すれば、混乱はさらに大きくなるだろう。
特殊部隊出身の脱北者によると、人民軍偵察局(現・偵察総局第2局)では、1995年に発生したオウム真理教による「地下鉄サリン事件」を参考に討論を行ったことがあり、化学兵器そのものの効果よりも社会的混乱が大きかったことが議論の中心になったという。
日本が大規模攻撃や特殊部隊による攻撃などを受けた場合、陸上自衛隊は全国にある135か所の「重要防護施設」へ部隊を配備することになっている。これには、原子力発電所、石油コンビナートなど、破壊されると被害が拡大する可能性が高い施設のほか、国民への情報伝達ルートや通信手段を確保するため、放送、通信施設も盛り込まれている。
しかし、北朝鮮はこれらの施設への攻撃は行わないだろう。実際に、原子力発電所は警備が厳重であるため、破壊工作の対象から除外されたという証言もある。
米国からの報復攻撃を招きかねないような大規模な破壊工作は、能力を持っていても実行はしないだろう。小規模のテロを同時多発的に実行することにより、日本国内で社会不安が起きれば目的が達せられるからだ。
特殊部隊とて潤沢な予算が配分されているわけではない。実際に核開発とミサイル開発に多くの軍事費が使われている。しかし、テロなら弾道ミサイル数発分の予算で遂行可能だろう。
つまり、北朝鮮軍が狙うのは、日本人の心理なのだ。
●みやた・あつし/1969年愛知県生まれ。朝鮮半島問題研究家。1987年航空自衛隊入隊。陸上自衛隊調査学校修了。北朝鮮を担当。2005年航空自衛隊退職。2008年日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了。近刊に『北朝鮮恐るべき特殊機関』(潮書房光人社)がある。