宮崎は左翼だ、百田はネトウヨだ、筒井は差別主義者だ。そういう軽佻浮薄で躁的な直情的短絡を、常に揶揄し、皮肉り、馬鹿にし、時として警鐘を鳴らしてきたのが筒井文学なのであるが、最近、そういったアイロニーも通じなくなってきた。筒井氏の傑作短編『「蝶」の硫黄島』(1974年)。戦後、硫黄島決戦で生き残った旧日本兵たちが偶然文壇クラブに集う。
部屋の形が硫黄島に似ている、という想像がやがて妄想になり、現実を侵食しはじめる。銃弾が飛び交い、着弾と馬乗り攻撃でホステスが黒焦げになる。戦争を知らぬ若手編集者が「なぜこんなことを始めたんです」と泣く。「今ごろ昔のことをああだこうだといったところで、とどのつまりは結果論じゃありませんか」。老兵は答える。
「結果論ですって。そうじゃありませんな。これからも、またあることですよ」
言葉尻のみを捉えて口角泡を飛ばす息苦しい社会の到来は、かつての悲劇の再来を静かに警告する。
【プロフィール】ふるやつねひら:1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。主な著書に『左翼も右翼もウソばかり』『草食系のための対米自立論』『「意識高い系」の研究』。
※SAPIO2017年6月号