〈見出しのほか、本文中に北岡伸一・国際大学長が先の大戦について示した認識が「侵略戦争であった」とある部分は、「歴史学的には侵略だ」の誤りでした。懇談会の終了後、記者団の取材に応じた北岡氏は先の大戦について「私はもちろん侵略だと思っている。歴史学的には」と答えていましたが、「侵略戦争」という表現は用いていませんでした〉(2015年3月15日付朝刊)
「歴史学的な侵略」と「侵略戦争」は私には同じことに思える。実に微妙な訂正である。朝日は「侵略戦争」という4文字をアピールしたかったが、北岡の抗議で“やむなく訂正した感”がありありだ。戦後70年以上経つのにまだこんなバカバカしいやり取りをするのは、その後の日本が平和ボケだからである。
大ヒットした「妖怪ウォッチ」を取り上げた記事(2014年12月17日付朝刊)では、ブームを生んだゲーム会社レベルファイブに取材を申し込んだが、〈すべての取材は今はお断り〉として、取材拒否されたことを伝えた。
だがその翌日にはこんな訂正が出た。
〈「すべての取材は今はお断り」とあるのは「ほとんどの取材は今はお断り」の誤りでした〉(2014年12月18日付朝刊)
「すべて」と「ほとんど」の差はどこにあるのか。どんな取材なら断らないのかを読者は知りたいが、そこには触れられない。こうした訂正から透けて見えるのは、「抗議があったら訂正する」という朝日の姿勢である。
ならば一言申したい。私が2007年に書いた『日本売春史』について、作家の唐沢俊一が書いた書評がかつて朝日に掲載された(2007年11月4日付朝刊)。その中に〈女性が自分の性を売る自由を認めようという在野の風俗研究家・松沢呉一氏の論も一刀両断である〉との一文があるが、私の本にそんな内容はなく、明らかな事実誤認であり、“読まずに書評を書いたんじゃないか”と思えるほどだ。