◆武力行使に踏み切れない理由
朝鮮戦争休戦以降、米朝関係の緊張が高まったことは何度もあるが、米国がこれまで武力行使に踏み切ることが出来なかった理由を考えるうえで、1994年の「第一次核危機」における米国政府の対応が一つの参考になる。
1994年5月18日、ペリー国防長官(当時)とシャリカシュビリ統合参謀本部議長(当時)は、ラック在韓米軍司令官(当時)をはじめとする軍首脳を招集し、朝鮮半島での戦争に備える会議を開き、米軍が一体となり、兵員、物資、兵站面で、どのようにして朝鮮半島における戦闘計画を支援すればよいか討議した。
会議では、実際に戦闘が始まった場合に備えて、部隊の事前配備や他の司令部からの輸送、空母の配置転換、陸上配備戦闘機の朝鮮半島付近への展開、大増派計画(米軍主力戦闘部隊全体のほぼ半分)についても詳細に検討された。
その結果、朝鮮半島で戦争が勃発した場合、最初の90日間で米兵の死傷者が5万2000人、韓国兵の死傷者が49万人に上るうえ、北朝鮮側も民間人を含めた大量の死者が出る。そのうえ財政支出(戦費)が610億ドル(現在のレートで約6.7兆円)を超えると試算された。
さらに、朝鮮半島で全面戦争が本格化した場合、死者は100万人以上に上り、うち米国人も8万から10万人が死亡する。また、米国が自己負担する費用は1000億ドル(同約11.1兆円)を超え、戦争当事国や近隣諸国での財産破壊や経済活動中断による損害は1兆億ドル(同約111兆円)を上回ると試算された。
この危機は、金日成と会談したカーター元大統領が「北朝鮮が核凍結に応じた」の第一報により、土壇場で終息したのだが、途方もない損害をもたらす攻撃計画が実行に移されることはなかったであろう。
「第一次核危機」から20年以上が経過した現在では、高い戦闘能力を持つステルス戦闘機が開発され、さらに地下施設を含む多くの目標をピンポイントで破壊することが可能となった。
また、航空機(無人機を含む)やミサイルによる戦闘が中心となるため、米軍と韓国軍に1994年に想定されたような甚大な損害は発生しないかもしれないが、弾道ミサイルと多連装ロケットが増加したことにより、韓国の民間人の死亡者が増加する可能性はある。
「第一次核危機」以前にも、米国は北朝鮮を攻撃することが出来なかった。