国内

ネットの反差別運動の歴史とその実態【2/4】

◆攻撃性を帯び始めてくるカウンター

 2013年9月22日、「差別撤廃 東京大行進 The March on Tokyo for Freedom」が行われた。これは、マーチン・ルーサー・キング牧師が行った米国の差別撤廃を訴える「ワシントン大行進」へのリスペクトを込めたデモである。差別撤廃の他にも、LGBT関連のシュプレヒコールもあげた。「東京大行進」は2014年、2015年にも行われている。

 まさに、初の「東京大行進」の前、カウンター側は高揚していた。ひょんな縁から夏の暑い夜、私は新宿の居酒屋に呼ばれた。そこには、松沢呉一、「プラカ隊」の木野、男組の高橋をはじめとしたカウンター勢力が集っていた。彼らは反差別の活動が実を結び、「東京大行進」にも繋がったことを喜んでいた。当然私も「ヘイト撲滅のための良い活動でした。これからも応援します」といったことを言ったと思う。この頃、カウンターは「大義名分」「正義」があっただろう。

 なぜ、私がこの場に呼ばれたかといえば、呼ばれたからだ。この飲み会の参加者に一人知り合いがいて、その人物から深夜12時頃突然電話が来て、タクシーに乗って新宿まで行ったのだ。「アンタに会いたい人がいるし、他の人も『来なよ』と言ってるよ」とのことだ。そこで次々とカウンターの人々と挨拶をし、和やかに会話をした。現在、私のことを罵倒する木野や手塚空(後に自転車でデモ隊に突っ込み暴行容疑で現行犯逮捕される当時東大生)とも和やかに喋った。そんな中、私を呼ぶ男がいた。『日本会議の研究』がベストセラーになり、森友学園問題で一躍名を馳せたノイホイこと菅野完である。

「なぁ、アンタと喋りたいことがあるんや」

 そう菅野は言った。この後は20分~30分ほど菅野の演説をひたすら聞き、私は「はい」「なるほど」を言うだけだった。彼は差別に関しては造詣が深いのは分かったが、とにかくマウンティングを取ってくるヤツだな、としか思わなかった。さっさと別の人間と喋りたかったが、彼の演説が終わらないのでなかなか席を離れることができなかった。

 東京大行進は3000人が参加したとされ「大成功」の評もあった。カウンター活動に参加した経験を持つA氏は「あそこでやめておけば良かったのに……」と語った。というのも、2013年2月から9月は、ネトウヨを完膚なきまでに叩きのめした7ヶ月だったからだ。実際、ネトウヨの間にはしばき隊への恐怖感もあり、参加者も減少しており、当初の「ネトウヨによる在日に対する攻撃」を「ネトウヨVS日本人カウンター」という構図にする、という野間の目論見は達成されていたのである。この段階において、野間の戦略は見事としか言いようがない。在日にとってもカウンターとして多くの日本人が参加したことについては心強かったことだろう。

 だが、こうした成功体験もあることからカウンターは攻撃性を帯び始めてくる。当初穏健派だとみられていた木野だが、9月になるとこうツイートしていた。

〈先日言ったように反レイシズム活動には今後時間を裂けなくなってしまうんだけど、ひとつやりたいことがある。「保守速報」みたいな差別煽って金儲けしているサイトを、全部ぶっ潰したい〉

 それ以後の彼の発言は野間のコピーのような過激なものも目立つようになり、「圧力でレイシストを黙らせる」という手法が末端にも定着したことをうかがわせる。東京大行進について、野間は「東京大行進沿道:ビックカメラ前の歩道橋からデモを撮影しようとしてしばき隊にしばかれているネトウヨの方。」とツイートし、3人のしばき隊員が1人のネトウヨを囲んでいる写真を公開している。

 ネトウヨはしばき隊のことが気になって仕方がなく、反差別的言説を垂れ流すと「しばかれる」といった恐怖を抱き、次のデモには参加しないゾ! という決断をするに相当する「ビビる画像」である。だが、この段階ですでにこの画像に対し、異議の声もあがっている。

「撮影しようとしただけで?『仲良くしようぜ』はどこ行った?」「たった一人を三人がかりで、顔近すぎ。社会的相当性を超えた単なる威迫に見える」というツッコミは入っており、しばき隊の過激な「ド詰め」に対する疑問も存在した。ただ、当時のマスコミの風潮としては、カウンター及びしばき隊は「正義の志士」扱いである。

 在日朝鮮人2.5世だというフリーライターの李信恵は、木野が言及したネトウヨ系2ちゃんねるまとめサイト「保守速報」及び桜井誠に対し、名誉棄損の裁判を起こした。Wikipediaにそこはまとめられているので引用する。

〈2014年8月18日、民族差別的な発言で名誉を傷つけられたなどとして、在日特権を許さない市民の会(在特会)桜井誠元会長および在特会に550万円、保守速報の運営者に2200万円の損害賠償を求める訴訟を大阪地裁に起こした。李の訴えによれば、桜井誠は神戸市での街宣活動および短文投稿サイトにて、民族・性別・年齢を侮辱する発言・書き込みを行い、保守速報も民族性を侮辱する書き込みをまとめ記事に掲載した、という。550万円の提訴を受けた桜井誠は「(李信恵による)ネット上でのでたらめな記事について反訴を予定している」とコメントした。2016年9月27日、大阪地裁は「社会通念上許される限度を超える侮辱行為」「在日朝鮮人に対する差別を助長、増幅させる意図が明らか」として、在特会と桜井に対し計77万円の賠償命令を出し、桜井側から起こされた反訴を全て棄却した。〉

 当時、李に対するネトウヨからの罵倒はあまりにも激しかった。彼女も毅然と反論するものの、一人の女性が受ける罵倒としては異常なものだった。在日で真っ向からネトウヨに反論する人間など滅多にいないだけに、李は総攻撃をくらうこととなる。彼女に関しては安田と李の対談でこんな記述がある。(『世界』2014年11月 岩波書店)。これは前述「鶴橋大虐殺」スピーチについて言及したものだ。安田は、デモ隊から顔と名前が知られている李に対する個人攻撃がないかを心配していたという。

〈その日のデモも低劣きわまりないものでしたが、李さんへの個人攻撃はないまま終わり、私はそれでほっとしたんです。そこで私は「よかったね」と、李さんについ言ってしまった。李さんは表情を歪めて、泣いて、「死ね、ゴキブリって私はずっと言われていたやんか、あれは私に向けられた言葉やないの?」と。そう言われて初めて気がついた。それまで私は、ヘイトスピーチを「言葉の暴力」と考えていましたが、そんな生易しいものではなかった。暴力そのものだと初めて実感したのです。それに気づかせてくれた李さんに心から感謝しています〉

 彼女は当時、カウンターにとっては守るべき象徴的存在になっていた。カウンターは東京・大阪両派が主流で他の地域で排外デモがある際にも動員はかけられていたが、運動全体を象徴する存在として李がいた。彼女はチマ・チョゴリを着用して外国特派員協会にて記者会見を行いヘイトスピーチの現状を述べたり、ツイッターでも積極的に情報発信をしていた。彼女が何かを発信するとカウンターはそれに賛同の声をあげ、一方で2ちゃんねるではそのツイートを元としたスレッドが立ちあがり彼女への壮絶なるバッシングが繰り広げられていた。

 2ちゃんねるではいつしか「差別の当たり屋」という異名がつけられていた。これが意味するところは、彼らが言うところでは「本来差別ではないものについても言いがかりのごとく『差別だ』と主張し被害者ぶる」ことを意味する。しかし、差別というものは当人が感じれば差別なわけであり、李に対するこの異名は不当なものといえよう。「声の大きい在日」「主張する在日」という存在に対し、「差別の当たり屋」という名前をつけたのだと私は考えている。李や辛淑玉という「目立つ在日」「虐げられたと主張する在日」に対して当の在日からも「彼女達はやり過ぎ。私達まで同類だと思われてしまう。正直迷惑だ」との声もある。ただ、彼女のツイッターに対してはあまりにも激し過ぎる罵倒が連日寄せられており、厳然と差別は存在していたのだ。李の保守速報及び桜井誠への裁判にはカンパも集まり、支援の輪が広がっていた。結果は前出の通り、李の勝訴である。

 一方、2014年11月をもって桜井誠は在特会の会長職を退き、筆頭副会長の八木康洋に会長職を渡し、自らは在特会からは去った。風を読むことに長けた桜井なだけに、これ以上在特会としてヘイトスピーチを撒き散らかし続けるよりは個人的な活動をした方が得策かと考えたのかもしれない。桜井は2016年7月の都知事選に「日本第一党」党首として出馬し、5位となる11万票以上を獲得した。(続く)

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