小笠原:病院に対して憤懣やるかたない怒りを持って妻を自宅に連れ帰ったご主人が、いよいよ奥さんがダメという時、「旅立ちたいなら、もう旅立ってもいいんだよ」と奥さんに言った。そうしたら奥さんはうなずいて、娘と孫が来るのを待って、亡くなられたんです。
上野:そうでした。「あ・り・が・と」と言って、涙をぽろっと流して。
小笠原:ご主人は、妻のその一言がずっと残って、朝起きると妻に会いたくなる。ご主人は、「夫は自分が死んだ後、食事はどうするんだろう」と奥さんが心配するぐらい何も家事ができない男性だったのに、ご飯を炊いて、お仏飯をお供えするようになった。
そうしているうちに、だんだん病院に対する怒りが薄らいだんです。過去を振り返るんじゃなくて、前を向いて生きていこう、と。奥さんの最期のあの「あ・り・が・と」がなかったら、病院と医療訴訟になっていたんじゃないかと、ぼくは思っているぐらい、当初のご主人の怒りは凄まじかったですからね。
上野:ああ、そうなんだ。
小笠原:ええ。だからQODというのは大事だな、と。
上野:だからこそ私も「感謝と別れは相手に聞こえるところで何度でも言うときなはれ」って言っているんです。
小笠原:この話は本に載せてないんですが、末期のすい臓がんの患者さんが、今日明日の命だったんですね。ところが1週間経っても亡くならない。ぼくが「おかしいね」と言ったら、奥さんがこう言うんです。「先生、夫は毎晩夜中の1時になると呼吸が止まるの。船乗りだった夫はいろんな港の女からやっと私のところに帰ってきてくれた。だから死なせてなるものかと思って、ぶちゅ~とキスするんです。そしたら主人がビクビクッとして、また呼吸するんですよ」って。
すると、それまでどんなに身体を揺すっても無反応だったご主人から不思議な気配を感じて、みんなで、「え、もしかして聞こえとったの!?」って。
上野:いい話ですね。
小笠原:でも、ぼくは奥さんに言ったんですよ。もう7晩もラブ注入したんだから、「ご主人のためにやめたら」って。
上野:もう、楽にしてあげなさいと。
小笠原:そう。すると次の日に「亡くなりました」と。話を聞くと、夜中の1時にまた呼吸が止まりそうになったご主人に、「もう、旅立ちたいの?」と聞いたそうです。そうしたら、涙をぽろっと流して、息がすーっと止まったって。ぼくはそれを聞いて、ああ、人は死んでもいいと言われた時に亡くなるんだなぁと思いましたね。
上野:そういう話がこの新しい本には本当にいくつも出てきます。まだまだこれからも伝えることがありますね。
※小笠原文雄先生が7月17日、「なんとめでたいご臨終の迎え方」をテーマに、東京・小学館で講演会を開催。
詳細はhttps://sho-cul.comへ。
※女性セブン2017年7月20日号