それでもなぜかその奇妙な1本のひげが、認知症で独居の哀れな母を守っている“幸運の毛”のように思えて、やはり指摘できずにいた。
◆近所づきあいで母の化粧、復活!
こうして母は3年前、ひとり、サ高住(サービス付き高齢者向け住宅)に移った。自立から重い介護度の人までが同じマンションに住む。ほとんど自室で過ごす人もいるが、母をはじめとする多くの住人は、1階の食堂に集まって食事をし、脳トレや体操などの会に気ままに参加する。約40世帯の居住者は、各居室では独居だが、一歩玄関を出れば“同じ屋根の下に暮らす”感じだ。
生活が安定したせいか、母の認知症も落ち着き始めた。当初は、またステテコ姿でマンション内を歩いてしまうのではと不安だったが、心配は無用だった。私のたしなめには一切耳を貸さなかった母が、食堂に行くために毎日服を選び、薄くおしろいをつけ、口紅もマニキュアも以前のように復活したのだ。
「食堂で会うと、そのネックレスが素敵だとか、シャツの色がいいとか話すの」
母はとてもうれしそう。お仲間の顔や名前は覚えられないのだが(たぶんお互いに)、ほどよい緊張と憩があり、化粧して行きたくなる社交場なのだろう。が、“幸運のひげ”はいまだ母の口元に鎮座している。ま、いいか!
※女性セブン2017年9月21日号