編集工房ノアの本は装幀の品の良さでも知られているが、涸沢氏自身、日頃の仕事のなかで好きなのは、装幀や広告など版下の制作だという。三角定規が好きとも。鬼籍に入った著者たちが回想されてゆく。東京には聞えることの少ない詩人が多い。三十六歳の若さで妻子を残して自死した黒瀬勝巳の追悼文は心痛む。
詩人は普通、詩だけでは生活出来ないから、生業を持つ。涸沢氏が慕った清水正一は大阪の十三で蒲鉾店を営んでいた。ノアから初めての詩集を出したのは六十七歳の時。それ以前にも出版の話はあったが、娘の結婚の時、自分の本を作るより、その分、娘に箪笥の一棹でも持たせてやりたいと断念したという。いまでは死語になりつつある「清貧」が生きていた時代だった。
※週刊ポスト2017年11月17日号