続けて「どんな心境で対局に臨んだのか」と聞かれると、「緊張感があっても将棋を楽しみながら…」と言って、指し手である右手の人差し指をまっすぐに伸ばした。そして「自分らしい将棋を指せるように心がけていた」とその指をわずかに動かしながら答えたのだ。伸ばした指の動きから、自分らしい将棋が指せたという満足感があるのだと思う。
「タイトルを極めた」と言われた時は、テーブルの上で組んでいた手を、無意識のうちに軽く上げ下げしていた。頭を動かして頷かなくても、組んだ手が頷いていたのだ。
なかなか獲れなかった永世竜王のタイトルを、「届きそうで届かず、挑戦に間が空いた」と言われると、頷きながらも黒縁の眼鏡の真ん中を触って眼鏡の位置を直した。過去の嫌な経験から、無意識に自分の気持ちをリセットしようとしたのだろうか。体力面について聞かれた時も、手の甲で鼻の下をこすってから話し始めた。心のどこかに感じる不安をなだめようとしたのだろう。「一局については昔も今も変わらない」としながらも、「たくさんの局数では高いパフォーマンスの維持が難しい」と答えたからだ。
それでも、あと1勝すれば100期という大台の来年の対局について聞かれると、身体を起こして背筋を伸ばすと、座り直して手を組んだ。どこまでも将棋に対しては真摯に取り組んでいることがわかる。将棋の本質については、「盤上で起こっているのはテクノロジー」だと、組んでいた手を開いて、手の平を上に向けると前に出すようトントンと動かし、「そういう所を常に探求していく」と、意気込みを仕草で見せた。
だが「50歳を過ぎてもタイトルを獲る自信は?」との質問には、組んでいた手を下におろした。会見中、羽生棋聖は手を下げても、すぐにテーブルに手を戻していた。なのに、この時ばかりは「う~ん、なんともいえない」と言ったまま、おろした手がなかなかテーブルの上に戻ってこない。この仕草からは、言い切れるほどの自信はないというよりも、対局は結果次第、心の中にある本心までは見せたくないという感じがする。
今の将棋界の進歩や状態は、天才といわれた羽生棋聖でも想定の範囲外らしい。それでも、自分の将棋に新しい感覚を取り入れていきたいという羽生棋聖の震える差し手が、来年も見られることだろう。