彼女は老いてから鬱になり、特別養護老人ホームに入って死んでゆく。この小説には、さまざまな死が描かれるのも特色で、それが物語全体を静かなものにしている。
とくに、天文台で働く歩が、まだ三十代の若さで癌のために死んでゆくくだりは胸を打つ。一人一人の家族は、一人になって死を迎える。あるいは老いて、認知症になる。どんなに平穏な家族でも、その行く末は過酷だ。作者は、その現実を冷静にとらえようとしている。死もまたここでは普通の日常になっている。
「産婆」だった祖母は、若い日、先生からこんな教えを受ける。
「産婆は、ひとりで産むひとの、ただそばにいて、機が熟すのを待つのが仕事だ。他人のおせっかい、さあがんばれという干渉こそが安産の大敵なのだ」
松家仁之は、この小説に登場する一人一人のただそばにいる。そこから静かな、豊かな小説が生まれた。
※SAPIO 2018年1・2月号