酒とはこんなにも記憶を曖昧にさせるものか、という落胆と、これから何を話そう、お礼なんて必要なかったかも、という絶望が頭の中で錯綜しながら席に着いた。

 しかし席についてからの会話や気遣いは、やはり紳士であった。占いや、ファッションのアドバイス、会う前に聞かれていたサイズの靴まで出張のお土産で用意してくれていて、私もお酒とともに良い気分になった。

 そして気付くと終電がなくなる頃であった。彼はスマートに、「リッツ・カールトン取ってあるから部屋に行こうか」と言った。決してYESではないが、NOとは言えない。そんな答えが正直な気持ちであった。

 あまりにもスマートかつ紳士な誘導にNOとは言わなかった。言えなかった。リッツ・カールトンだしアリなんじゃないか、くらいの気持ちでついていった。

 やはり打算というのはよくないもので、部屋に着くなり彼は有線にのりエアードラムをし始め、自分の初恋エピソードを語り、自分のダサい、田舎臭い世界観を全開にしてきた。体がずんぐりむっくりだからか、私にとっては何をされてもawayであり、白け果てた先の東京タワーである。

 翌朝、帰り際に、さらにご飯とお茶をはしごして語り尽くしたいと切望され、「本当に気に入ったから、彼女に登録していい?」と言われた。「彼女に登録する」という日本語があるのは初めて知った。

 もうその場を離れるために、笑顔で手を振りながら、大人だからわかるだろうと、その日以来連絡をしなかった。

 彼からは「どうした?」「おーい」といったメールの連打に度重なる着信、最終的には、留守電が入っていた。

「もしもし? 大丈夫? 何かあったの? 心配だ。お願い! 連絡ください。よろしくどうぞー」

 まるで業務連絡のようなおじさん全開かつウェットな留守電に虫唾が走る。特に「よろしくどうぞー」はよろしくない。

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