早瀬氏は取材を本格的に再開した3年前のある出来事から本書を始める。当時の青学院長・大木金次郎の元側近が鍼灸院を開いている事をつかみ、まずは客として通い始めたのだ。この時、早瀬氏は春木の手記や早坂が彼を脅した際に居合わせた〈O〉助手の告白など、平成2年に『サンデー毎日』で早坂の独占取材を敢行した野村明人氏らから多くの資料を託されており、それらを具(つぶさ)に読み解いていった。
「僕が春木事件を洗い直したのも、この記事を偶然読んだのがきっかけ。最終的にはT子本人と電話で17分間、直接話ができたのも、何かの巡りあわせでしょう」
事実関係を整理すれば、まず11日、研究室でそれが起き、その帰りに二人で食事をしたのは確か。13日も二人で会うが、自分は春木を振りきって西門から逃げ、19時に西門に戻り中尾の車に乗ったとT子は証言。だが当日西門は閉門中で、19時に彼らと遭遇し正門を出たとする大学職員の証言も法廷ではなぜか無視された。
「他にもT子が破られたとするパンストの穴が不自然だというメーカー側の証言や、早坂が経営する赤坂のクラブで春木と敵対する教授たちが密談を重ね、自分も片棒を担いだと告白したOの手記も、公判では一切無視された。後にOはその手記を撤回しますが、作り話にしては生々しいし、そのクラブでバイトをしていたT子が実は早坂の愛人だったのも事実なんですね。
要は筋ありきというかな。現場の刑事もT子の行動はおかしいと言いつつ、老教授の醜聞に興味津々で、上告を棄却した最高裁にも薄汚い事件という先入観があったと思う。再審請求弁護団の井上正治元九大法学部長によれば、春木事件は〈そもそも無罪〉〈起訴すること自体に無理がある〉。でも当時の後藤田正晴官房副長官は僕に言いましたよ、〈研究室に女子学生を連れ込んだ以上、合意なんて通らないよ〉と。起訴されたらそれだけでほぼ、有罪確定なんです」