◆T子も事件で人生が狂った「被害者」
実は本書も「仮に冤罪でも取るに足らない古い事件」とする声が刊行を阻んできたとか。
「僕は仮に出版できなくても、老後の趣味として書くつもりでした(笑)。むしろ大事件ではないからこそ書く意味もあって、現に痴漢やセクハラのような白黒つけにくい事件でも、逮捕され、報道された時点で社会的に多くを失う。特に春木事件を見ていると三権分立などないも同然。大阪拘置所にいまだ勾留中の籠池夫妻だって、誰のどんな意図が働いているのかに絞って野党は質すべきです」
『サンデー毎日』時代には石川達三『七人の敵が居た』も担当。事件の真相に小説でしか迫れなかった悔恨や、共に事件を追ってきた先輩・鳥井守幸氏の再審に傾けた思いなど、本書には多くの約束が見え隠れする。また、同事件の周辺には林真理子著『アッコちゃんの時代』にも描かれた六本木キャンティの常連客ら、華々しい面々が名を連ねる。
「怪しい人物が蠢く時代で、確かに登場人物は豪華ですね。でも僕にとって一番の衝撃はやはりT子と話ができたことで、17分間、電話を切らずに応じてくれた彼女も、結局はあの事件に人生を狂わされた『被害者』だと思う。そして春木も大木も早坂も亡き今、せめてT子には自分の生きたい道を生きてほしい。それが僕の一番の願いです」