国内

母が認知症でなければこれほどリスペクトしなかったと娘自戒

認知症でも元気よく銀座を闊歩(撮影/アフロ)

 認知症になった83才の母を介護することになったひとり娘のN記者(54才・女性)。認知症という病の不思議に今も一喜一憂する日々だという。その中から、母への尊敬が生まれることもあるという。

 * * *
「Nちゃん、新聞に東山魁夷の展覧会の案内が出ているんだけど、一緒に行けない?」

 つい最近、弾む声で母が電話をかけてきた。母は認知症である。5年前、アルツハイマー型と診断された直後は、私が母のお金を盗んだと罵り、家の中は荒れ放題。私の知る母とは別人のようになり、とても苦しんだ。

 そのときはケアマネジャーさんが「これは病気のせいなの。理解して受け止めてあげてね」と背中をさすってくれて、何とか乗り越えられた。

 認知症は引っ越しなどの環境の変化で悪化しやすいといわれながら、決死の覚悟で今のサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)に転居させたのが4年前。すると悪化するどころか表情も言動も落ち着き、昔の母に戻ったようにも見える。

 認知症の主治医によれば、今の環境が心地よく、また認知症が進行して余計な不安を感じなくなったからだとも言う。

 それにしても毎日、新聞を読み、好きな展覧会を見つけ、ひとりでは行けない現実を踏まえて娘に電話してくる行動力。認知症でもこんなことができるのか。喜ばしいことだが、どこか不安なのだ。

 一方で、母はお気に入りの今の住まいがどこにあるかがわからない。問えば、昔住んだことのある町の名前を次々挙げ、続けて、「昨日散歩していたら、近所の人がお茶をごちそうしてくれたの。ここは本当にいい街ね」と、必ずこのオチになる。

 お茶に招かれたのは恐らく昨日の出来事ではない。近所の人というのも実在するかどうか…。ここはなぜか教科書通り。それなのに私はつい、「知らない人の誘いに簡単に乗らない方がいいよ!」などと、意地悪を言ってしまう。

 母の実母(私の祖母)も認知症だった。当時はまだ痴呆と呼ばれていて、祖母は親戚の家を転々とさせられていた。

 高校生だった私は、わが家に来た祖母に「おばあちゃん、大丈夫? どんな感じなの?」と聞いた。あんなに働き者だった祖母の、そのうつろな表情が信じられなかったのだ。

「うん、すごく怖いの…」──認知症に関する知識や情報がなかった当時、祖母本人も家族も、不安といら立ちでいっぱいだっただろう。

 その後、祖母は特別養護老人ホームに入所し、母と私で見舞ったときにはもう、私のことはわからなくなっていた。母にあの頃のことを聞くと、「おばあちゃん、かわいそうだったわね」と、神妙になる。そして必ずと言うほど、「Nちゃんがしっかりやってくれるからママは幸せ」とも。

 母の記憶の世界はよくわからないが、きっと祖母を介護したときの、やるせない気持ちを覚えているのではないか。自身も記憶が途絶える恐怖を覚えながら必死で現実を受け止め、何とか周囲と調和しようとしているのではないか。そうなら、わが母ながら偉い。

 母が認知症でなかったら、これほど母の内側を慮り、リスペクトすることはなかったかも。明日はわが身でもある。後日、母に誘われた展覧会のためふたりで銀座に繰り出すと、母はごきげんで和光の前を闊歩。まだまだイケるぞ! 私も精進しなくっちゃ。

※女性セブン2018年5月31日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

手を繋いでレッドカーペットを歩いた大谷と真美子さん(時事通信)
《「ダサい」と言われた過去も》大谷翔平がレッドカーペットでイジられた“ファッションセンスの向上”「真美子さんが君をアップグレードしてくれたんだね」
NEWSポストセブン
ゆっくりとベビーカーを押す小室さん(2025年5月)
《小室圭さんの赤ちゃん片手抱っこが話題》眞子さんとの第1子は“生後3か月未満”か 生育環境で身についたイクメンの極意「できるほうがやればいい」
NEWSポストセブン
『国宝』に出演する横浜流星(左)と吉沢亮
大ヒット映画『国宝』、劇中の濃密な描写は実在する? 隠し子、名跡継承、借金…もっと面白く楽しむための歌舞伎“元ネタ”事件簿
週刊ポスト
中核派の“ジャンヌ・ダルク”とも言われるニノミヤさん(仮称)の壮絶な半生を取材した
【独占インタビュー】お嬢様学校出身、同性愛、整形400万円…過激デモに出没する中核派“謎の美女”ニノミヤさん(21)が明かす半生「若い女性を虐げる社会を変えるには政治しかない」
NEWSポストセブン
山本アナ
「一石を投じたな…」参政党の“日本人ファースト”に対するTBS・山本恵里伽アナの発言はなぜ炎上したのか【フィフィ氏が指摘】
NEWSポストセブン
今年の夏ドラマは嵐のメンバーの主演作が揃っている
《嵐の夏がやってきた!》相葉雅紀、櫻井翔、松本潤の主演ドラマがスタート ラストスパートと言わんばかりに精力的に活動する嵐のメンバーたち、後輩との絡みも積極的に
女性セブン
白石隆浩死刑囚
《女性を家に連れ込むのが得意》座間9人殺害・白石死刑囚が明かしていた「金を奪って強引な性行為をしてから殺害」のスリル…あまりにも身勝手な主張【死刑執行】
NEWSポストセブン
ベビーシッターに加えてチャイルドマインダーの資格も取得(横澤夏子公式インスタグラムより)
芸人・横澤夏子の「婚活」で学んだ“ママの人間関係構築術”「スーパー&パークを話のタネに」「LINE IDは減るもんじゃない」
NEWSポストセブン
LINEヤフー現役社員の木村絵里子さん
LINEヤフー現役社員がグラビア挑戦で美しいカラダを披露「上司や同僚も応援してくれています」
NEWSポストセブン
モンゴル滞在を終えて帰国された雅子さま(撮影/JMPA)
雅子さま、戦後80年の“かつてないほどの公務の連続”で体調は極限に近い状態か 夏の3度の静養に愛子さまが同行、スケジュールは美智子さまへの配慮も 
女性セブン
医療的ケア児の娘を殺害した母親の公判が行われた(左はイメージ/Getty、右は福岡地裁)
24時間介護が必要な「医療的ケア児の娘」を殺害…無理心中を計った母親の“心の線”を切った「夫の何気ない言葉」【判決・執行猶予付き懲役3年】
NEWSポストセブン
昨年12月23日、福島県喜多方市の山間部にある民家にクマが出現した(写真はイメージです)
《またもクレーム殺到》「クマを殺すな」「クマがいる土地に人間が住んでるんだ!」ヒグマ駆除後に北海道の役場に電話相次ぐ…猟友会は「ヒグマの肉食化が進んでいる」と警鐘
NEWSポストセブン