ところが彼は、試合の数日前に実践練習からはずされ、日本代表にも行くな、変わらなければ試合には出さないとまで言われてしまう。マインド・コントロールでは、このように予測のつかないことで、価値観や思考にゆさぶりをかけて混乱を生じさせ、不安を感じさせるという手法がある。彼もこのままでは試合にも出してもらえないという不安や恐怖から、どうしていいかわからなくなっていたのだろう。そして、コーチに言われた「相手のQBを1プレー目から潰せば」という言葉から、彼はさらに視野狭窄になっていく。
続けてコーチから「関学との定期戦がなくなってもいいだろう」と言われ、先輩からも「1プレー目からQBを潰せ」というコーチからの伝言を伝えられたことで、彼の不安はどんどん強くなる。岡田氏は、このような状況に陥った人間は、混乱し自分の何が悪いか振り返り、自分を責めたり、相手の気持ちを推し量ろうとするようになるという。こんな心理状態を味わわせ、緊張が高まりきったところで、どうすればいいかをほのめかすと、不安な心理状態を解消できるのならと、人は妥協してしまうというのだ。
ここまでくると思考が単純化され、それしかない、それがすべてだと考えるようになってしまうらしい。宮川選手も、選手として試合に出たい、チームで活躍したいという強い思いと感情が彼の行動をさらに縛り、越えてはいけない一線を越えてしまった。
チームが1つの目的や夢に向かって、それを成し遂げようと頑張る姿は素晴らしい。そのためにトンネルというプロセスは必要なのだろうが、指導者である監督やコーチが追い詰め方を間違うと、抜け道がなくなった選手は壊れてしまうことになりかねない。「もう自分にはアメフトをやる資格がない」と、淡々と語っていた宮川選手の顔が忘れられない。