戦艦大和は米軍の攻撃を左側に集中して受け、浸水する。回復には数百人の機械科員を犠牲にする「注水」の措置が必要である。注水指示が能村次郎副長から出る。指示の伝達は死刑執行に近い。
躊躇する中で、一人が「急ゲ」と電話を督促した。最初の版では主語はない。後の版で「ワレ」と主語が加筆された。渡辺はこれに気づいて、沈没した大和から生還した吉田の再度の特攻志願、戦後の入信に思いを馳せる。二つの版の間には吉田の結婚があった。結婚によって、吉田は死者たちの「愛恋ノ焔」の加筆にも力を注いだのではとも、渡辺は思い至る。
吉田は大和と運命を共にした『提督伊藤整一の生涯』を書下ろした後、生き残った水兵たちの本を準備中だった。無念は深い。
※週刊ポスト2018年6月22日号