「牢屋みたいな鉄格子と簡易トイレのある病室で、コンクリートの床に2枚だけ敷かれた畳の上であすかは寝ていました。彼女は簡易トイレの上に乗って電球を手で割り、その破片でリストカットを試みたそうです。担当医は『ピアノがストレスの源』と判断し、集会室にあったピアノに鍵をかけました。ピアノを封じられたあすかは、起きている時も寝る時も楽譜を手放さなかった。その姿は不憫でなりませんでした」(福徳さん)

 福徳さんが病院から帰る際、あすかさんは心配をかけないよう、わざとニコニコした。その気持ちがわかるから、福徳さんは胸が詰まる思いだった。症状がひと段落すると退院して自宅に戻ったが、地獄のような日々は続いた。

「日曜の深夜になると、あすかが2階から飛び降りようとするので必死に止めました。彼女が大声で泣くので近所の人が『虐待ではないか』と疑い、家に警察が来たこともあります。その後しばらく自宅前にパトカーが停車して、様子をうかがっていました。私は憔悴して、近所を歩けなくなりました」(恭子さん)

 せっかく入った大学も、退学せざるを得なくなってしまった。

◆最初に頭に浮かんだのは、どうやって障害者であることを隠すか

 その後、ピアノを続けたいと希望したあすかさんは、宮崎学園短期大学音楽科(当時)の長期履修生となった。そこで現在のピアノの先生である田中幸子さんと出会い、再びピアノに打ち込むようになった。

 2004年、あすかさんが22才の時、オーストリアのウィーン国立大学で開かれた5日間の短期留学ツアーに参加。だが、ここで福徳さんと恭子さんは最大の試練を迎えた。環境の変化が相まって、あすかさんが現地滞在中に過呼吸発作で倒れたのだ。

 日本大使館からの連絡で現地に飛んだ2人は、ウィーン国立病院の医師があすかさんに「広汎性発達障害」という診断を下したことを知った。帰国後にさまざまな検査を受けると、この診断が確定した。

 娘は一時的な解離性障害であり、完治できると信じていた夫妻は、「発達障害は先天的な脳の機能障害であり、治療で治せない」という医師の言葉に大きな衝撃を受けた。

「娘は障害者だという現実を突きつけられて、治療の見込みがなくなったことがショックでした。誰にも知られたくなく、どうやって隠そうか考えました」(福徳さん)

 恭子さんは真っ先に自分を責めた。

「あの子を産んだのは私なので、自分のどこかが悪くて障害のある子が生まれたのだと思いました。すごく責任を感じ、自分の何がいけなかったか、ずっと考えました」(恭子さん)

 目の前が真っ暗になった2人は毎晩、答えの出ない話し合いを続けた。

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