也哉子がこういった状況を見て「私自身は凄まじい環境、親子関係の中で育ってきたから、ある意味、私の存在っていうのが、なんとなく認められていなかったような複雑な気持ちがあった。それがある意味、こんなシンプルな、純粋な思いの間に私は生まれてきたのかなって、初めて安心できた」と言ったのを聞いて、本当に私自身も、「あぁ、こういう夫婦関係、こういう親子関係っていうのもありなんだな」と思いました。
とにかく樹木さんは、すべての人に対して、“常に何かをもたらしてくれる人”だったと思います。いつも率直に感想を述べて、チクリと問題提起して、一緒に考えて、でも相手に答えを急がせず、かつ放置することもせず…常に人間に寄り添っていくのがとても好きなかたでした。日常の中で、食事を一緒にしなくても洗い物をしてくれるとか、ふと見ると、私たちの3階のリビングに来て日向ぼっこをしていたり、読書をしていたり、「いただき物の横流しだけど、私食べられないからどうぞ」とか、「こんな面白い記事載ってたわよ」と切り抜きを持ってきたりとか、とにかくそういった日常が、もう二度とないのかなと思うと、ちょっと押し寄せるものがあるんですが…。ちょっと言葉がまとまりません。
棺桶の中には、浅田さんが「ばぁばが好きだったワインを」と言いながら、みんなで赤ワインで唇を濡らしました。玄兎は「ばぁば、よく生きたね」と言っていました。とにかく樹木さんは「子供に育ってもらいたい。死に様も含めて見てもらいたい。それが私の願いだ」と言っていたので、8才の子供にも、死にゆく姿も含めて見せられたから、きっと満足しているんじゃないかと、思いたいですね。
※女性セブン2018年10月18日号