もちろん私たちは、樹木さんが入院している1か月の間に早く家に戻してあげたいと思っていたのですが、現実的には繋がれている管の数が多すぎて、状況的にまだ家に帰せる状態ではないということが長く続きました。そういう中、ある日、也哉子が婦長さんに呼ばれて、「樹木さんが毎晩、“裕也さんに会いたい”とおっしゃってますよ」と。「えー、本当ですか!?」みたいな話があり、「もしあれでしたら、お会いになられた方がいいんじゃないですか」と言われまして。「これは複数の看護師が証言しています」ということだったので、樹木さんに確認したところ、「まぁ、そうよ。でもおうちに帰ってから暇になるから、そしたらみんなに会うわ」というふうに言っていたんですね。
そうこうしているうちに時間が過ぎまして、24時間の介護が必要な状況ではあったんですが、「もしかしたらそろそろ家にお帰りになった方が、次のチャンスがあるかわかりません」と言われました。也哉子がそのことを樹木さんに問いかけようと病室に戻ったら、ちょうどそのタイミングで、樹木さんの方から「私、帰るの」と切り出してきまして。そこから嵐のように準備をして、24時間の介護ができる状態を自宅に整えて、迎え入れました。「危険な状態なので、覚悟しながらの移動だと思ってください」と言われる状況の中で、無事に自宅に戻りました。でもそんな心配をよそに、樹木さんはとても穏やかに戻ってきて、準備も速やかに整って、本当にホッとして、「あぁ、帰ってきてよかった」と。
本当にその日は、いつもよりたくさんのブドウを口に含んで、孫の玄兎(次男・8才)が学校の友達と一緒にスマートフォンで「おかえり、ばぁば」とみんなで叫んでいるような動画を撮ってきたのですが、それを嬉しそうに眺めて…。浅田美代子さんも来ていましたし、和やかな時間を過ごしました。それで、也哉子も私も、「これで私たちも、やっと落ち着いて寝られるね」と。いつ病院から電話がかかってくるかという状態ではなくて、樹木さんはもう下の階にいるわけですから。樹木さんも、私たちがみんなでおしゃべりしているのを聞きながら、すぅっと寝入ったという感じだったんですね。
にもかかわらず夜中に、樹木さんのそばに付いているかたから、「ちょっと呼吸がおかしいから、いらしてください」と言われて…。