大理石側の壁に、そっと扉が付いている。その扉が、火葬炉への入り口。一見では火葬炉に直結するとは思えないこの個室こそが、故人に「最後のお別れ」をして見送ると共に、骨上げもする空間だという。
「最大50人弱の方に入っていただけます。1組のご葬家だけのプライベート空間です」(加来さん)
これまでの火葬場で、炉が横一列に並ぶところは「炉前ホール」と呼ばれ、ともすれば何組もの遺族で混み合う。右の火葬炉も左の火葬炉も同じ時刻に点火され、複数の炉の扉の前で一斉に騒々しく読経が始まる。
思うに、遺族にとって炉前ホールで棺を火葬炉に入れる時が最も辛い。賛美歌を大合唱するグループと隣り合わせたり、号泣したりすすり泣いたりする声が聞こえてきたりして、辛さが増幅された経験が私にはあるが、ここではそのようなことなど起きない。しかも、火葬炉の扉の中へは、電動棺台車ごと入る(「前室」と呼ばれる空間で、棺と台車が離される)ため、「扉の向こうへ送り出す」感覚だろうか。辛さの軽減につながりそうだ。
故人を火葬炉に送り出した後、遺族はいったん退室して1時間弱の火葬時間をやはり貸切の「待合室」で過ごし、この部屋に戻って骨上げも貸切で行うことになる。炉前ホールの片隅や簡素な一室で、慌ただしく骨上げを行うこともないのである。
こういった見送りや骨上げのスペースの個室は、全国的にはまだ珍しいが、千葉県松戸市や市川市、神奈川県厚木市、愛知県名古屋市などの火葬場にも近年設置されてきている。しかし、照明がふるっているのは、唯一無二だろう。間接照明と、天井に施された雲の形のデザイン部分から照らされる。
「悲しみの状態であるお見送りの時は、夕焼けのような温かいオレンジ色に。収骨の時は、会葬者様が通常の世界に戻れるように、気持ちをリセットする一助にと青みがかった白色を灯します」(加来さん)
オレンジ色から白へとスイッチを切り替えてもらうと、同じ部屋とは思えないほど、趣きが変わった。
「川口市めぐりの森」には、こういった告別収骨室が7室あり、それぞれ2基の火葬炉が設置されている。
さらに注目すべきは、利用者の動線だ。館内のどこにいても他の遺族と鉢合わせしないように配慮されている。加えて、移動の際に通る空間の天井が曲線を帯びたやわらかなデザインだ。待合室もフリースペースも一面がすべて窓で、樹木や水辺の光景を目にできる。
川口市の指定管理者、株式会社川口斎苑サービスが運営し、現場スタッフは11人。求人サイトや新聞折込で募集し、約350人が応募してきた中から選考された。11人のうち4人が女性だ。これまで火葬場に女性スタッフはほとんどいなかったが、電動棺台車の採用により、力仕事がなくなり、可能になったという。同社取締役社長の佐野正信さんは、「おもてなしの心が第一です。オープン前に、外部の接遇専門の講師から、言葉遣いや立ち居振る舞いなどのマナー教育も受けました。この美しい建物にふさわしい業務をやろうじゃないかと、モチベーションも上がります」と話す。