この決別宣言により、親方や力士たちも協会とともに暴力との根絶を目指すことになった。貴ノ岩こそがこの宣言を尊び、率先して取組むはず…と思っていた。ところが、「暴力はダメだとしょっちゅう言っていた」と話す千賀ノ浦親方と貴ノ岩では、宣言に対して感じていた重みが違っていたようだ。
宣言に対する心理的な重みや取り組み方は、おのおので異なる。この違いは、組織と個人間の「心理的契約」がどう認識されているかで変わってくる。心理的契約とは組織における文章化された契約だけでなく、文章化されていない約束も含む。暴力決別宣言は、相撲協会と親方や力士との間の心理的契約の1つ。もちろん、部屋や親方と力士との間にあるものだ。協会や親方は、力士が相撲に専念できるよう暴力のない環境を整え、力士はいかなる場合も暴力を振るわないよう期待される。
貴ノ岩はこの宣言による心理的契約を結び、それを守ろうとするだろう。そう思っていたからこそ、このニュースを聞いた時、「理解できない」「裏切られた」と感じた人が多かったのだと思う。
暴力を受けた貴大将はある取材で、「自分が付け人として悪かった」と話したという。千賀ノ浦親方は、11月の九州場所で初優勝した小結・貴景勝の隣で、ハの字眉毛を上げ弾けるような笑顔で写真に納まっていた。それが一転、事件後は眉を大きくハの字に下げ、部屋の前で待ち構える報道陣に、暗く陰鬱な表情を見せた。貴ノ岩から報告を受け「叱責した」と憤りを露わにし、報道陣に「申し訳ない」と謝罪した。
今後再び、この心理的契約が軽んじられることがないよう、相撲界が取り組むしかない。