真実究明が緒についたばかりの執行に茫然としたのは、伊達弁護士である。法治国家として、あり得ないことだった。日本の刑事裁判は、刑事訴訟法に基づいておこなわれており、その総則第一条には「事案の真相究明」が目的として謳われている。そして再審請求は、真実究明を求める受刑者の基本的権利として認められている。
「公開される井上君の通信記録とは、假谷事件における中川証言を覆す重要な証拠でした。しかし、それを法務省が葬り去った。再審請求中の死刑確定者に対する死刑執行は、刑の確定者に対する再審請求権を奪うものであり、また本来、死刑にされなくともよい者までも、国家が死に至らせることにもなる。とても許せるものではありません」
執行の前夜、上川陽子法相は、安倍晋三首相も参加する「赤坂自民亭」なる議員仲間の酒席に参加し、大いに楽しんでいたことが、のちに明らかになった。厳粛であるはずの死刑制度であったとしても、実際にそれを執行する側の意識がその程度であったなら、これは、「日本の不幸」と言うべきだろう。
二〇一八年十一月二十日、両親が引き継いだ再審請求によって、ついに検察が井上の携帯の通信記録を開示した。そこには井上証言が正しかった証拠が残されていた。通信は八時台から九時台に集中し、十時九分を最後に通話記録はなかったのだ。逮捕監禁致死という假谷事件の認定事実は根底から「崩れた」のである。
◆死後届いた消印なき手紙
嘉浩の真実究明の闘いには、多くの支援者がいた。真宗大谷派の僧侶たちが中心となって『「生きて罪を償う」井上嘉浩さんを死刑から守る会』が結成され、嘉浩の償いを支えた。なかでも真宗大谷派の女性僧侶であり、同時にシンガーソングライターでもある鈴木君代の存在は大きかった。