北京の路面電車では駅だけでなく各踏切にも保安のための人員が配置されている


 とはいえ、霞ヶ関駅の実証実験の結果や東京五輪で蓄積された安全対策の一部ノウハウは、通常時の鉄道テロ対策に活かされることは間違いない。これを契機にして、東京圏の在来線や地下鉄でも手荷物検査・身体検査が段階的に導入される可能性だってある。

 日常的に利用している鉄道で、手荷物検査・身体検査が実施された場合、乗車時刻よりも5~10分ほど早く駅に到着する必要がある。たった5分といえども、通勤・通学で鉄道を毎日利用している人には重荷になる。

 一方、長距離・長時間にわたって運行される新幹線や特急列車の場合はどうなのか?

「新幹線や特急などの駅間が長い列車に関しては、鉄道事業者が個別にセキュリティスタッフを警乗させて、安全対策に努めています。駅間が短い大都市近郊電車や地下鉄などの場合は、列車への警乗も混雑を加速させる原因になります。そのため、駅構内の警戒を強化する方針にしています」(同)

 以前に比べれば、日本の鉄道は車内カメラの設置数を増やしている。それを遠隔で監視できるようにするなど、テロ対策は格段に強化されている。しかし、カメラは犯人を確認・追跡するなど犯行後には役立っても、抑止力としては弱い。

 また、列車内警乗は警察と同等の権限を有する鉄道警察隊が担当するのではなく、あくまでも民間警備会社のスタッフが担当する。強制力を持たない警備スタッフが未然に犯行を防げるのか?事件が起きた場合に、きちんと対応できるのか? といった不安も残る。

 諸外国では、鉄道でどんな警戒態勢を敷いているのか? 2004年に首都・マドリードで列車爆破テロが起きたスペインでは、高速鉄道の乗車前に手荷物検査が実施されるようになった。一部の都市では、地下鉄の撮影も禁止されている。

 中国では、高速鉄道の乗車前に厳しいセキュリティチェックが実施されていることは有名だ。しかし、中国では長距離を走る高速列車だけにセキュリティチェックを課しているわけではない。

 首都・北京では、空港にアクセスする機場線や地下鉄各駅でも手荷物検査・身体検査を実施している。また、車内でも乗務管理員と呼ばれるセキュリティスタッフが複数人警乗する。常に監視の目が光っている。

 北京オリンピックを機に、中国は鉄道の安全対策を徹底させるようになった。それは、2017年末に開業したばかりの路面電車にも及ぶ。路面電車の車内にも乗務管理員が複数人警乗し、各駅にも人員を配置。また、路面電車でも主要駅では手荷物検査や身体検査を実施している。

 さらに、北京市の路面電車では踏切にも人員を配置している。驚くほど厳重な中国の鉄道は、どことなく物々しくもある。

 海外と比較すれば、日本は格段に治安がいい。爆発物や銃器を用いたテロが起きる危険性はきわめて低い。だから、諸外国と同列には論じられない。冒頭で触れた東海道新幹線車内で発生した事件も、組織的なテロではない。あくまでも個人の犯行だ。

 それゆえに、現段階では政府機関も鉄道事業者も利便性を損なうほど入念なテロ対策を講じる必要はないと判断しているようだ。しかし、我が国は地下鉄サリン事件という鉄道を舞台にした前代未聞のテロ事件を経験している。

 地下鉄サリン事件を機に、政府機関や鉄道当局は安全に鉄道を運行するための指針を作成。また、テロ防止のために駅構内の改良も進めた。地下鉄サリン事件を教訓にして、鉄道事業者も安全性を高める工夫を凝らした。

 安全性の維持・向上は不断の努力の賜物と言えるが、時代の変化に応じて見直さなければならない。五輪開催を控えて、現状の警戒レベルのままでよいと判断している関係者は少ない。

 安全性を追求すべきか、それとも利便性を優先すべきか? 関係者間でも、どちらに比重を置くべきかは意見が割れている。そこには、安全対策の費用よりも厳重なセキュリティチェックによって時間と手間といった負担を強いることになるからだ。鉄道事業者の根底には、利用者から理解を得られるのかといった心配がある。

 現在、列車が大幅に遅延すると、駅員に食ってかかったり、暴力を振るったりするケースは報告されている。厳重なセキュリティチェックでも、「一部の不届き者のために、なぜ無関係な自分が手間をかけさせられるのか?」といった不満が乗客の間に広がることが予想される。そうした不満が引き金となり、鉄道職員と利用者との間で無用のトラブルが起きかねない。

 国土交通省や鉄道事業者は、利便性を確保しつつ安全性を担保するという悩ましい矛盾をつきつけられている。これを両立させることは、至難の業だ。果たして、国土交通省と鉄道事業者は妙案を見出せるのか?

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