小笠原:例えば不整脈なら救命救急医療が必要ですけれど、がんの末期とか亡くなる寸前みたいな人に、高度な救命医療を施すのは絶対にやりすぎです。死は敗北じゃありません。家で清らかに看取ってあげることを、家族みんなが知ることが必要ですよ。
垣添:おっしゃるとおりです。今のご指摘は、とても大事だと思います。私は今、月に1回、日本対がん協会のがん相談室で、一家族30分で4組、合計2時間の相談ボランティアをやってるんですよ。がんと言われた患者さんは相当悪い状況でも、まだ何か治療法はないかって相談にみえる。だからご本人がみえてるときは、私は聞くんです。「一体あなたはいくつまで生きるおつもりですか?」と。
小笠原:それはまたストレートな。
垣添:そう。でも人はいつか死ぬんです。そこを見つめないと。だから私は「私があなたのような状況にあったら、もう治療は求めないで、静かに亡くなる算段をします。私だったらそうします」と言うんです。
そうすると暗い感じでみえた人が30分話しているうちに顔つきも穏やかになり、「わかりました。じゃあ、家の近くのMSW(医療ソーシャルワーカー)と相談して、ちゃんと緩和ケアをやってる病院を紹介してもらうか、あるいは、代わりの在宅医療の先生を紹介してもらいますわ」と言って、重い荷物をおろした感じで帰って行かれるのね。
小笠原:いいことですねえ。先生の経歴やご年齢に加え、先生は最愛の奥様を在宅で看取られたという経験もお持ちだから、アドバイスを受ける側にも先生の言葉がしみるんじゃないですか。病院のドクターでは、恐らくそれが伝わらない。
垣添:そうですよ。年長の患者さんが、人生経験もまだあまり豊かでない若いお医者さんに「あとはもう、これとこれしかありません。来週までに決めてきてください」なんていうことを言われて、そんなことを決められるはずがないんですよ。
迷って相談にみえているんだから、選択肢だけ提示して、あとは自分で選んでくださいという形で放り出すんじゃ決着がつかない。だから「私だったらこうします」と、ちょっと背中を押してあげる。
小笠原:その一言が、人の心を変えるんでしょうね。
垣添:そうかもしれませんね。
※女性セブン2019年1月31日号