「作家って人でなしだなあと自分でも思います(笑い)。ただ私は自分が怖いと思うことしか書いていないし、一番怖いのは無意識のうちに悪くなるほうへのスイッチを押してしまうこと。そして結果として自分が悪事を犯してしまうのも巻き込まれるのも怖いんです」
本来なら優美の居場所を確認した時点で業務完了だ。が、それでは気が済まず、田巻の妻の死の真相にまで踏み込む彼は、表題作では自身の自堕落な生活の責任を他人や子供に押し付ける母親〈朽田美姫〉の嘘をも暴き、結果的にはある人を追い詰めることにもなった。
「本人は義憤のつもりでも、善意が裏目に出る場合もあるし、今回の失態で限界を痛感した杉村がどんな探偵になるかを、次の長編では書くことになると思います。
通常は過去に謎があって、それを解いて秩序を回復するのがミステリーの王道。でも時と場合によっては、過去はそのままにして未来を考えるような解答を探し出すことはできないか。そしてそれでも昨日を片付ける必要があるのは、昨日を片付けないと明日が来ないから、ではないとわかっている探偵さんに、震災以降の日常を生きる杉村にはなってほしいなあと私は思っているんです」
〈一度だって自分の昨日を選べなかった〉とある人物が言うが、一見希望を思わせる昨日と明日の関係にも悪の芽は宿り、スイッチはよい方にも悪い方にも入っておかしくなかった。慰めは竹中家の愉快な面々や、近所に移転した喫茶侘助のホットサンド、そして娘との面会日くらいだが、それでも人と関わらずにいられない凡人探偵・杉村シリーズを、宮部氏は今後も今を映す鏡として書き続けたいという。
【プロフィール】みやべ・みゆき/1960年東京生まれ。1987年「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。『龍は眠る』で日本推理作家協会賞、『火車』で山本周五郎賞、『蒲生邸事件』で日本SF大賞、『理由』で直木賞、『模倣犯』で毎日出版文化賞特別賞、『名もなき毒』で吉川英治文学賞等受賞多数。「今や杉村は私の頭の中で完全にドラマ版の小泉孝太郎さんの顔になっているし、侘助のマスターは本田博太郎さん。短編もまたドラマにしてくれないかなあ」。
構成■橋本紀子 撮影■国府田利光
※週刊ポスト2019年1月18・25日号