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2019.03.07 16:00  週刊ポスト

【著者に訊け】町屋良平氏 芥川賞受賞作『1R1分34秒』

 面白いのは、元々研究肌で何事も〈あたまで考えすぎ〉な主人公が、試合前に対戦相手を研究するうちに脳内で〈親友〉になってしまうこと! 彼は夢の中で相手を〈青志くん〉と呼び、その行動パターンや人間性まで妄想してしまうのだ。

 だが実際はレバーを連打され、最後は右アッパーをくらい3RKO。友情は脆くも裏切られるが、彼はわかってもいた。〈つぎの相手がきまるまで、この試合の日の記憶と、いまビデオをみていた真夜中の記憶の中間で生きる〉〈ありえたかもしれないKO勝ち、ありえたかもしれない判定勝ち、ありえたかもしれない引き分け、ありえたかもしれない判定敗けを、パラレルに生きる他ないのだ〉

◆余地や揺らぎのある小説を書く

 そんな彼にも友人はいた。〈趣味で映画を撮っている友だち〉だ。主人公を呼び出してはその姿をiPhoneに撮りため、試合が決まると必ず小旅行をプレゼントしてくれる友人の前でのみ、彼はなぜだか素直な思いを言葉にすることができた。

 あるいはジムの先輩格で、トレーナー役を買って出た〈ウメキチ〉だ。幸い次の対戦が決まった彼に戦術の変革を命じ、毎朝弁当まで用意してくれるウメキチを、しかし彼は完全に信用できず、ひとまずゲーム感覚で相手を信じる、〈信頼というゲーム〉まで編み出すのだ。

「結局、誰かを信じるのも一種の契約だと思います。まして自称〈体育会ひとみしり〉の彼は、精神論を妄信したり、スポ根に出てくる典型的で孤独なボクサーになり切れない自分を持て余している。そんな彼を、〈考えるのはおまえの欠点じゃない。長所なんだ〉と解放してくれたのが、このウメキチでした。

 友人関係でも彼は曖昧さを悉く疑い、より確かなものを探している。この友人はそれをよくわかっていて、その時々の彼の姿を映像の形で撮ってくれていたことが、主人公にとっては凄く大きかったと思います」

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