競走馬の調教も、分からないからこそ面白い。分かりやすいこと、目に見えることは、若手の調教師にでも真似できる。それをやるだけでは一頭地を抜くことはできません。
2001年の開業当初からの実感でしたが、年月が流れ、勝ち鞍を重ねるにつれて私の情況も心境も変わり、「分からなさ」も進化した。勝てば勝つほど、より深い疑問が生まれてきます。
2016年のそんな折、本欄に原稿を書き始めることで、分からなさを自分なりに整理することができました。熱心なファンの複雑な問いに答えることは、レースで人気に応えるのと同じくらい難しいことでした。しかしその難しさこそが面白いものでした。
馬と人間の関係性が面白い。
われわれ人間が馬を見るように、馬も人を見ます。厩務員のいうことを聞かずに駄々をこねる馬も、調教師には従順になる。厩務員に指示を出すボスだな、と認識しているのでしょう。こちらをリスペクトしているわけですが、それで終わりにしてはいけない。同時に人間も馬をリスペクトしなければいけません。馬の体重は人間の約10倍。自分が人を脅かせることを知っている。種馬クラスの馬になれば、気持ちの上で人間よりも優位に立ちます。「ここで膝を曲げれば、落馬するぞ」とか、「後ろにひっくり返れば、鞍上は潰れるな」とか。危険なことになる前に、良い関係を作っていく。それが馬の調教のキモなのだと、改めて思います。
私の「分からなさ」の掘り下げが、競馬ファンのみなさまの楽しみの一助になれば、と願っております。
●すみい・かつひこ/1964年石川県生まれ。2000年に調教師免許取得、2001年に開業。以後18年で中央GI勝利数24は歴代3位、現役では2位。2017年には13週連続勝利の日本記録を達成した。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップを勝つなど海外でも活躍。引退馬のセカンドキャリア支援、障害者乗馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカなど。『競馬感性の法則』(小学館)が好評発売中。2021年2月で引退することを発表している。
*本連載は、今回が最終回となります。長い間、ご愛読、ありがとうございました。
※週刊ポスト2019年4月5日号