【書評】『わたしが「軽さ」を取り戻すまで “シャルリ・エブド”を生き残って』/カトリーヌ・ムリス・著 大西愛子・訳/花伝社/1800円+税
【評者】鴻巣友季子(翻訳家)
フランスの自伝的バンド・デシネ(漫画)である本書は、テロに打ちのめされた人の精神の回復過程を静かに描きだす。「水平線がわずかに丸みを帯びている。わたしは確かにある惑星にいる。ここには昔、大きな海があった。きっとその海がまだここにあるのだ」
ページを開くと、モネを思わせる淡い色彩の、ぼんやりとした絵が現れ、二ページ目に右記の言葉がある。三十五歳の風刺漫画家カトリーヌは、今がいつで、ここはどこなのか、それすらよく把握できていない。なにも聞こえず、肉体は実感を失い、目だけになってしまったよう。
彼女は二〇一五年一月七日のイスラム過激派による「シャルリ・エブド襲撃」の難を辛くも逃れていた。覆面の男ふたりが同新聞社に押し入り、編集者、風刺漫画家、コラムニストら12名の命を奪った事件だ。カトリーヌが命拾いをしたのは、妻子ある恋人にふられたせいで、朝、遅刻をしたため。
カトリーヌは生き残った人々、そして死者たちと、次号「生存者の号」を発行するが、そこで精神の崩壊にあう。記憶が消える。人生の指針としてきたプルーストの『失われた時を求めて』のモデル地へ旅をしても、心は空ろなままだ。「想像力はブロックされていた」と。