──上司から罵倒されると、つい自分を責めてしまう人も多いのではないでしょうか?
中野:「無能だ」とののしられた時に、自分に能力がないのだと自分を責めて黙ってしまいがちな人は、自分を省みる前にまず相手を冷静に観察してみましょう。相手の言っていることが正しいのか、もしくは相手は自分を下に見て喜んでいるだけなのか、判断すべきです。
不条理に罵倒されていると感じた時には、相手のカモにされないためにも、切り返すべきです。「私はあなたのカモにはなりません」という姿勢を見せるだけでもよいのです。すぐに反撃できなくても、「無能な部下をいつまでも教育できないのは、上司のあなたも無能なのでは?」「無能という言葉でしか指導ができないということは、この人も業務をよくわかっていないのでは?」という分析ができます。そこから次へのステップもおのずと見えてくるでしょう。
──職場のセクハラに対してもよいキレ方はありますか?
中野:これだけセクハラ発言が社会問題になっていても、「どうして結婚しないの?」などと失礼な質問をして女性の反応を見て面白がる男性が多いのも事実です。本当にセクシャルな行為で不愉快になる人もいるでしょうし、「子供は?」といった発言だけでも十分傷つく人もいます。しかし、そうした発言がセクハラであるという認識がない人は、過剰に反応しても、なぜキレられるのか、その人の価値観では気づきません。だからと言って、笑ってごまかすと、相手は言ってもよいものだと思ってしまいます。
ですから、「もうそんなことを言っている時代ではないですよ」と教えてあげるつもりで言葉を返す必要もあると思います。
この場合のポイントも、相手に「後ろめたさ」を感じさせることです。「セ・パ両リーグ制覇ってご存じですか? セクハラ・パワハラの両方をする人のことです」「上司が部下にそういうことをおっしゃるということはコンプライアンス的にいかがでしょうか?」と言いながら、余裕ある態度で不愉快であることを伝えましょう。もしくは、怒りを通り越してがっかりしたという表情で、「○○部長もそんなことを言うのですか…。びっくりしました」と言ってため息をつき、言外に深い失望を示すのもよいでしょう。
──言い返すのが苦手な人も多いと思いますが、どのようなことを心がければよいのでしょうか?
中野:言い返すことは私自身も得意ではありませんが、言い返す練習をあまりしてこなかったからです。これは「コミュニケーション力」という正体のよくわからないものなどではなく、上手にキレるための「語彙力」と「運用力」が足りないだけなのです。切り返しの上手な同僚を観察したり、キレるのが上手な芸人さんのやりとりをテレビで見たりするなどして、後天的に身に付けられるスキルでもあるのです。
著書の中にもいくつか切り返し方の例を紹介しましたが、いろいろなパターンを覚えて、「これは先週のケースで使えたな」「こういう切り返し方はあの人だったらアリだな」とイメージしながら検証し、できればこっそり口に出したりして練習してみましょう。
心がけたいのは、気持ちでキレても、言葉でキレないこと。怒りの感情から、相手を追い詰めてしまうような言い方をしてしまうことがありますが、追い詰めるような言い方をすると、伝えたい本質が伝わらず、むしろ関係がこじれ、より面倒な事態を招いてしまいかねません。言い返すにしても、会話の中に相手にも自分にも落ち着いて考える余裕をつくる必要があると思います。
客観的に見て、自分に非がないと思ったら、「今日、ちょっといじりがきつくないですか? 何かあったんですか?」などと、茶目っ気がありつつ、余裕を見せるような言い返し方をするのもよいのではないかと思います。
誰も損をせずに不快な気持ちを伝える切り返し方こそ、戦略的なよいキレ方です。相手を傷つけず、きちんと自分の言いたいことを伝え、不当な攻撃から自分を守る。そういう言葉を一つでも多く身に付けたいものです。いろいろなパターンを覚えて、相手の暴言や攻撃的な言動を、ウィットに富んだやり方で返せるようになったら、もっと毎日が楽しいものになるのではないでしょうか。
【PROFILE】中野信子(なかの・のぶこ)/1975年、東京都生まれ。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学工学部応用化学科卒業。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピンに博士研究員として勤務後、帰国。脳や心理学をテーマに研究や執筆活動を行い、テレビコメンテーターとしても活躍中。現在、東日本国際大学教授。著書は『ヒトは「いじめ」をやめられない』『キレる! 脳科学から見た「メカニズム」「対処法」「活用術」』(小学館)、『サイコパス』(文藝春秋)など多数。