旅の途中、三島はモンゴルの有力貴族であるパオ氏のゲル(組み立て式の家)で歓待を受けた。食卓には見たことがない食べ物が並ぶ。遊牧民が毎食欠かさず口にする乳製品である。食べ続けると、長年悩まされていた頭痛がウソのように消え、食欲もわく。これが、モンゴル人が持つ生命力の源泉だと直感した三島は、モンゴル伝統の乳製品の研究に取り組みはじめた。
このパオ氏の末裔が、ボインイブゲルだったのである。再び彼の言葉に耳を傾けよう。
「三島さんは乳製品をつくる曾祖母に『何分間、火をかけるのか?』『なにをどれくらい入れるのか』ととても細かく聞き、メモを取っていたそうです。ある日、曾祖母が料理の途中に席を外すと、三島さんが代わりにつくっていたこともあった。また三島さんは曾祖父がプレゼントした馬で、毎日草原を散歩していました……。三島さんが帰国したあと、日中戦争がはじまると、家族は、三島さんは大丈夫だろうかと心配していました。三島さんを直接知らない私にとっても、とても身近な人なのです」
日本に三島の人となりを知る人はほとんどいない。だが、カルピスのふるさとモンゴル高原では、遊牧民と友情を育んだ三島について、いまも語り継ぐ一族がいるのである。
パオ氏に乳製品の製法を学んだ三島は、帰国し、試行錯誤の末にカルピスを開発する。