作家の甘糟りり子氏が、「ハラスメント社会」について考察するシリーズ。今回は、ある男性の言動にわが身を振り返り…。
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原稿を書くのとは別の仕事があり、数人のチームで動くことがあった。私が発注をかけたのは中年男性のクリエーター。旧知の方だ。発注後の処理は三十代の女性が担当するので引き継いだところ、その男性に「挨拶に来い」といわれたそうだ。私から「挨拶」しておくから、わざわざ行かなくて大丈夫ですと彼女には伝えた。彼の拠点はやや遠方である。距離的なことだけではなく、仕事上の関係性においても必要はないと私は判断した。
ところが、事務的な連絡をしているうちに、再度「挨拶に来い」という要請があったそうだ。「取引するのに、顔を見せないのか」といわれ、担当の女性は自分の休日を使って、彼のイベントに出掛けていった。イベントの終わりには二人で飲みにいった事実を後から聞かされた。
飲みに行った先で何かあったわけではなく、クレームとして私に伝わってきたわけではない。あくまでも世間話として、彼女の上司からそれを聞かされた。わざわざこちらにいってくるのだから、それなりに否定的な感情があったのだろう。
「私から、そういうことはやめてほしいといいましょうか?」
「いやいや、それには及びません。ただ、まあ、甘糟さんにはお知らせしておいたほうがいいかと思いまして」
そのクリエーターは私よりもずっと年上である。LINEはしていないし、メールでの連絡も好きではないようだ。コミュニケーションというのは、顔を合わせた上でするものと思っている。
三十代の女性に何か性的な野心があったわけではないだろう。けれど、今は、相手が断りにくい立場にあるのにお酒を誘うのは、それだけでルール違反。六十をかなり過ぎた男性にその感覚を理解しろというのは酷だろうか。
あれこれ考えたけれど何もいえないままでいると、今度は上司の男性に何度かこういう電話があったという。
「飲みに行くぞー!」
その上司も一度、酒に付き合った。楽しいお酒でしたよ、という報告をされたのだが、私の中ではざわざわが大きくなった。私が発注したばかりに、彼ら彼女らに余計な時間を取らせてしまったのではないだろうかと思った。お酒が入ると、「俺話」に終始される方だ。本当に楽しいお酒だったのだろうか。