「鯉山」以外にも、「白楽天山(はくらくてんやま)」と「鶏鉾(にわとりほこ)」という山鉾にもやはり『イーリアス』の一場面を描いたベルギー製のタペストリーが使用され、「霰天神山(あられてんじんやま)」という山鉾にはそれに加え、三叉の銛を持つイルカに乗った少年や乳房を露わにした女性の姿などまで描かれている。江戸時代の人はこれを見て、どう思ったことか。
これら以外にも、「函谷鉾(かんこぼこ)」という山鉾の前懸に用いられたタペストリーには『旧約聖書』の一場面が描かれ、「月鉾(つきほこ)」という山鉾には「世界に一枚」と言われる17世紀の北インド、すなわちムガル帝国時代のタペストリーが使用されている。
また、近年は「長刀鉾(なぎなたほこ)」という山鉾のタペストリーがチベットカモシカという希少種の毛でつくられていたことがわかるなど、祇園祭の山鉾は国際色が豊かなだけでなく、細部に至るまで非常に奥深い歴史をたくさん秘めていることが徐々に明らかになりつつある。今後も修復のたびに新たな発見があるに違いない。
【プロフィール】しまざき・すすむ/1963年、東京生まれ。歴史作家。立教大学文学部史学科卒。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て現在は作家として活動している。著書に『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『春秋戦国の英傑たち』(双葉社)、『眠れなくなるほど面白い 図解 孫子の兵法』(日本文芸社)、『いっきにわかる! 世界史のミカタ』(辰巳出版)、『いっきに読める史記』(PHPエディターズ・グループ)など多数。