1990年代、日産は「この瞬間が日産だね」というキャッチフレーズを打っていた。スペックシートの数字には表れないが、人間が身体で着実に感じられるような動き、操作感、乗り心地など、動的質感を大切にしているということをアピールするものだった。
そのスピリットは今日、相当に後退してしまい、日産車が乗り味でとくに優れていると感じられるケースは激減した。が、そういうクルマを作ろうと思えば作れる力はまだ失われていないということを、マーチNISMO Sは示していた。
問題は第2のポイント、すなわち日産ならではというクルマ作りをやる気が日産にあるかどうかだ。こればかりは日産の意志によるとしか言いようがない。
スポーツであれラグジュアリーであれ、クルマを良いモノにしようとすると、どうしてもコストがかさむ。マーチNISMO Sの場合、価格は184万2480円。車体、サスペンション、シートに手を入れ、エンジンを1.5リットルに換装していることを考えると激安と言えるが、ベーシックカーとしては絶対的に高価だ。
単純に考えればお金がかかったぶん高く売ればいいのだが、実は自動車メーカーにとって、それは難しいことだ。日産ブランドが「このメーカーのクルマはどれであっても素晴らしい」と、日産ファンだけでなく世間に幅広く認識してもらわなければ、付加価値にプラスアルファのお金を払ってもらえないのだ。
小さなメーカーの場合、価値を認めてくれる顧客にターゲットを絞ったクルマ作りでそこにチャレンジすることも不可能ではないのだが、年産500万台規模の日産はターゲットユーザーをメーカー側から絞ることは困難だ。できたとしても長い年月がかかる。