ライフ

黒澤明の兄を巡る告白と隠蔽の物語【平山周吉氏書評】

『黒澤明の羅生門 フィルムに籠めた告白と鎮魂』/ポール・アンドラ・著

【書評】『黒澤明の羅生門 フィルムに籠めた告白と鎮魂』/ポール・アンドラ・著/北村匡平・訳/新潮社/2500円+税
【評者】平山周吉(雑文家)

「敗戦国を覆っていた恥辱の障壁を打ち破」る報道が日本にもたらされたのは昭和二十六年(一九五一)九月だった、と本書『黒澤明の羅生門』はオープニングに記している。映画『羅生門』のヴェネチアでのグランプリ受賞である。吉田茂首相がサンフランシスコで講和条約を締結した直後、「独立」への胎動を告げるビッグ・ニュースとなった。

「世界のクロサワ」の出発点となった名画を読み解く著者ポール・アンドラは、コロンビア大学の日本文学教授として、有島武郎、小林秀雄などを研究してきた。シェイクスピア、ドストエフスキー、芥川龍之介に挑んできた「永遠の文学青年」でもある黒澤監督を、本書は日本文学の伝統の中に位置づける。映画と文学という二つの領域をまたぎ、近代文化史の拡がりの中で映像を凝視する。

 黒澤のモノクロ映像の中から、著者は「消失した都市、喪失した兄、そして黒澤の象徴的映画に潜む声」(本書の原題のサブタイトル)を取り出してくる。シナリオにも絵コンテにも描かれないが、そこには黒澤に最も大きな影響を与えた四歳上の兄がいつも写り込んでいると指摘する。

 黒澤にサイレント映画とロシア文学の魅力を教えた兄・丙午は、須田貞明と名乗る無声映画の人気弁士だった。二十七歳で自殺(心中)した兄をよく知る徳川夢声は黒澤に向かって、「君は、兄さんとそっくりだな。でも、兄さんはネガで君はポジだね」と言った。

関連記事

トピックス

今季から選手活動を休止することを発表したカーリング女子の本橋麻里(Xより)
《日本が変わってきてますね》ロコ・ソラーレ本橋麻里氏がSNSで参院選投票を促す理由 講演する機会が増えて…支持政党を「推し」と呼ぶ若者にも見解
NEWSポストセブン
白石隆浩死刑囚
《女性を家に連れ込むのが得意》座間9人殺害・白石死刑囚が明かしていた「金を奪って強引な性行為をしてから殺害」のスリル…あまりにも身勝手な主張【死刑執行】
NEWSポストセブン
失言後に記者会見を開いた自民党の鶴保庸介氏(時事通信フォト)
「運のいいことに…」「卒業証書チラ見せ」…失言や騒動で謝罪した政治家たちの実例に学ぶ“やっちゃいけない謝り方”
NEWSポストセブン
球種構成に明らかな変化が(時事通信フォト)
大谷翔平の前半戦の投球「直球が6割超」で見えた“最強の進化”、しかしメジャーでは“フォーシームが決め球”の選手はおらず、組み立てを試行錯誤している段階か
週刊ポスト
参議院選挙に向けてある動きが起こっている(時事通信フォト)
《“参政党ブーム”で割れる歌舞伎町》「俺は彼らに賭けますよ」(ホスト)vs.「トー横の希望と参政党は真逆の存在」(トー横キッズ)取材で見えた若者のリアルな政治意識とは
NEWSポストセブン
ベビーシッターに加えてチャイルドマインダーの資格も取得(横澤夏子公式インスタグラムより)
芸人・横澤夏子の「婚活」で学んだ“ママの人間関係構築術”「スーパー&パークを話のタネに」「LINE IDは減るもんじゃない」
NEWSポストセブン
LINEヤフー現役社員の木村絵里子さん
LINEヤフー現役社員がグラビア挑戦で美しいカラダを披露「上司や同僚も応援してくれています」
NEWSポストセブン
モンゴル滞在を終えて帰国された雅子さま(撮影/JMPA)
雅子さま、戦後80年の“かつてないほどの公務の連続”で体調は極限に近い状態か 夏の3度の静養に愛子さまが同行、スケジュールは美智子さまへの配慮も 
女性セブン
場所前には苦悩も明かしていた新横綱・大の里
新横綱・大の里、場所前に明かしていた苦悩と覚悟 苦手の名古屋場所は「唯一無二の横綱」への起点場所となるか
週刊ポスト
医療的ケア児の娘を殺害した母親の公判が行われた(左はイメージ/Getty、右は福岡地裁)
24時間介護が必要な「医療的ケア児の娘」を殺害…無理心中を計った母親の“心の線”を切った「夫の何気ない言葉」【判決・執行猶予付き懲役3年】
NEWSポストセブン
近況について語った渡邊渚さん(撮影/西條彰仁)
渡邊渚さんが綴る自身の「健康状態」の変化 PTSD発症から2年が経ち「生きることを選択できるようになってきた」
NEWSポストセブン
昨年12月23日、福島県喜多方市の山間部にある民家にクマが出現した(写真はイメージです)
《またもクレーム殺到》「クマを殺すな」「クマがいる土地に人間が住んでるんだ!」ヒグマ駆除後に北海道の役場に電話相次ぐ…猟友会は「ヒグマの肉食化が進んでいる」と警鐘
NEWSポストセブン