「一人ひとりが自分の人生を自由に選択する」後期近代では、共同体の魅力はどんどん失われ、理不尽な桎梏と感じられるようになります。労働組合、町内会、PTAなどの存在感はかつてないほど薄れ、「参加したくもないのになぜ強制するのか」という不満がますます高まって、いろんなところで矛盾と軋轢が噴出しています。
こうした自由主義の台頭に警鐘を鳴らすべく、「ハーバード白熱教室」で知られるマイケル・サンデル教授などが「共同体主義(コミュニタリアニズム)」を掲げて抵抗を試みてきました。サンデル教授の『これからの「正義」の話をしよう』は日本でもベストセラーになりましたが、最近ではその名前を聞くこともすっかり減りました。こうした状況はアメリカも同じで、理想主義的なコミュニタリアニズムは衰退し、「古き良き時代」へのノスタルジアと区別できなくなってしまいました。
すべてのひとが「自由に生きたい」「自己実現したい」と思うかぎり、こうした傾向はこれからも進み、もはや後戻りできません。イエ的な共同体は解体され、人間関係は学校や会社といった固定的なものから、ネット上のコミュニティのような、気の合った者同士が気の合ったときに集まり、イベントが終わると解散する即興的なものに変わっていくでしょう。クリエイティブな仕事も、映画制作のように、プロジェクトごとにフリーエージェントが集まって、完成と同時にチームが解散するようになっていくはずです。
当然のことながら、すべてのひとがこのような急激な変化に適応できるわけではありません。知識社会が高度化するにつれて、先進国を中心に、クリエイティブクラスの仕事が要求する知能≒能力のハードルを越えられず、中流層から脱落するひとたちが出てきて、巨大なアンダークラスを構成するようになりました。トランプ現象もブレグジットも、知識社会のメリトクラシー(能力主義)に対する「下級国民」の叛乱なのです。
◆橘玲(たちばな・あきら):1959年生まれ。作家。国際金融小説『マネーロンダリング』『タックスヘイヴン』などのほか、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『幸福の「資本」論』など金融・人生設計に関する著作も多数。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞受賞。近著に『上級国民/下級国民』(小学館新書)、『事実vs本能 目を背けたいファクトにも理由がある』(集英社)など。