◆“中学生らしい”という曖昧な表現
では、2016年に校則を全廃した世田谷区立桜丘中学校では、どのようにして校則をなくしていったのだろうか。著書『校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール』が話題を集めている現校長の西郷孝彦さん(65才)に話を聞いた。西郷さんが桜丘中学校に赴任したのは2010年のこと。女子生徒が紺色の靴下を履いてきて、生活指導主任の教員に注意されるのを目撃したことがあった。確かに校則には《靴下の色は白とする》とある。なぜ白なのか、その教員に理由を問うと、「汚れてもすぐわかって清潔だから」と言う。またある時、別の生徒が白いセーターを羽織ってきた。校則には《セーターの色は紺とする》とあり、また生活指導主任の教員は生徒を注意していた。この2つの出来事に、西郷さんは違和感を覚えた。
「“清潔だから白”というのなら、セーターも白でなければ理屈が合いません。なのにセーターは、“あまり派手にならないようにという理由で、紺と決めている”という。そもそも白は派手なのかと疑問を感じました」(西郷さん・以下同)
派手にならないためというのであれば、黒でもグレーでもいいはずだ。しかし、《セーターの色は紺》という校則があるため、教員は別の色のセーターを着た生徒を、注意せざるを得ないという矛盾が生じていた。やがて生徒から、「黒やグレーのセーターを認めてほしい」という要望が上がった。教員が論理的に校則の必要性を説明できない以上、認めない理由はどこにもなかった。靴下の色指定も見直された。すると今度は、黄色いセーターを着てきた生徒がいた。生活指導主任の教員は、すかさず生徒を呼び出し注意する。
「派手な色はダメだ。中学生らしくない」
今度はこの言葉に、西郷さんは引っかかった。
「派手とは何か。中学生らしさとは何か。生活指導主任に尋ねてみましたが、やはり明確な答えは返ってきません。そもそも、“地味な中学生”とは、“中学生らしい”のでしょうか。この年代の子たちは、他者の視線を意識し始める年齢です。かっこよくありたい、おしゃれをしたい、というのは、極めて普通の感覚です。むしろ、“地味な中学生”の方が自分を抑圧していて、“派手な中学生”の方が自然に自分を出そうとしているのではないか。そう考えると、見た目が派手な中学生の方が“中学生らしい”という結論を導き出すこともできます」
やがて教員同士も議論を始めた。「校則に書いてあるから」ではなく、何が生徒にとって本当に有益かを考えると、靴下やセーターの校則に裏付けとなる理屈がないことに気づいていく。もはやこれら服装に関する校則を残しておく意味すら見当たらなくなった。こうしてセーターの色は、「紺」から「紺、黒、グレー」へ、そして「自由」へと変わっていった。