ただし、随所で志ん輔独自のアレンジも加えられている。志ん朝との違いが最も目立つのは久保町で久蔵が酔って寝てしまう場面。久蔵は見舞い客の応対をしながら上機嫌で酔い、すぐに寝かされる。志ん生のように泣き上戸っぽくなったり、志ん朝のように段々と絡み酒になっていく様子が長々と描かれたりはしない。寝込んだ久蔵のことを旦那と番頭がしみじみ話す場面もカットして、すぐに火事となる。幇間としての屈折した心情を描くのはこの噺のテーマではない、という解釈だろう。

 鳶頭の家で神棚の中の富札を見つけた久蔵は最初泣くばかりで言葉にならない。デフォルメとリアリズムとの絶妙なバランスで勝負する志ん輔ならではの描写だ。久蔵という人の好い男が江戸の暮れの寒さの中で経験した浮き沈みの顛末を、持ち前のメリハリの効いた演技で表現し、「いい噺を聴いた」という余韻を残す、素敵な『富久』だった。

●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。

※週刊ポスト2019年12月20・27日号

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