「どう生きるか。という素朴な問いがのしかかる。それまでの僕に生き方の悩みがなかったわけではない。大学に入って一人暮らしを始め、実際に同性愛を生きるようになって、不安を感じるときには現代思想は助けになってくれた。世の中の『道徳』とは結局はマジョリティの価値観であり、マジョリティの支配を維持する装置である。
マイノリティは道徳に抵抗する存在だ。抵抗してよいのだ、いや、すべきなのだ。そういう励ましが、フランス現代思想のそこかしこから聞こえてきたのだった。/だがその励ましは、男が好きだという欲望に対する外からの弁護みたいなものであって、僕は僕自身のありようを掘り下げて考えていたわけではなかった」
意外にも「私小説」の微かな伝統も踏まえながら、作者は「僕の欲望」を発展させていく。
※週刊ポスト2020年1月3・10日号