ウィルタ文様が施された皿敷(北海道立北方民族博物館所蔵)

 民具は1976年、ゲンダーヌが網走市内に開設した資料館に展示された。丸太を組んだような木造の資料館は、ウィルタ語で「大切なものを納める家」を意味するジャッカ・ドフニと名づけられた。

 そうした活動の一方で、ゲンダーヌは軍人恩給の支払いを国に求めた。軍人恩給とは、かつて軍人だった者に支払われる年金だ。特務機関長の召集を受けて樺太で諜報活動にあたった自分も受け取る資格があると考えたのだ。そんな頃、ゲンダーヌは兵庫県神戸護国神社に建立された慰霊碑を訪ねたという。扇貞雄の息子・進次郎さんの証言だ。

「その訪問が新聞記事になり、それを読んだ父が網走のゲンダーヌさんのもとを訪ねたのです。32年ぶりに対面した父は、戦争に巻き込んだことを詫びるとともに、軍人恩給のことをゲンダーヌさんから聞いて召集令状を出したことを証言すると買って出ました。やはり贖罪の意識があったのでしょう」

 扇貞雄だけでない。他にも召集令状を配布したと証言する元特務機関員もいた。この問題は国会でも議論されたが、国は「特務機関長には召集権がなく、発行した召集令状は無効である」との見解で、最後まで軍人恩給が支払われることはなかった。ゲンダーヌら樺太の少数民族に、日本は国家として決して報いようとはしなかったのである。

 ゲンダーヌは1984年に網走で亡くなった。資料館のジャッカ・ドフニも老朽化で10年前に閉館した。展示されていた資料は、北方民族博物館に収蔵されている。

 博物館を取材後、ジャッカ・ドフニがあった場所を訪ねてみた。湾曲する網走川に面した静かで穏やかな場所である。夕暮れのなか立ち尽くすうちに、ここが故郷を追われたゲンダーヌにとって安息の地であったと願わずにはいられなかった。

 アイヌや、ウィルタなど北方少数民族の歩みは、根強く残る単一民族神話が幻想に過ぎないことを教えてくれる。

【プロフィール】
◆竹中明洋(たけなかあきひろ)/1973年生まれ。北海道大学卒業、東京大学大学院中退、ロシア・サンクトペテルブルク大学留学。在ウズベキスタン日本大使館専門調査員、NHK記者、週刊文春記者などを経てフリーランスに。著書に『殺しの柳川 日韓戦後秘史』(小学館)など。

※女性セブン2020年2月20日号

白樺樹皮で作られたウィルタ文様の箱(北海道立北方民族博物館所蔵)

関連キーワード

関連記事

トピックス

元通訳の水谷氏には追起訴の可能性も出てきた
【明らかになった水原一平容疑者の手口】大谷翔平の口座を第三者の目が及ばないように工作か 仲介した仕事でのピンハネ疑惑も
女性セブン
歌う中森明菜
《独占告白》中森明菜と“36年絶縁”の実兄が語る「家族断絶」とエール、「いまこそ伝えたいことが山ほどある」
女性セブン
伊勢ヶ濱部屋に転籍した元白鵬の宮城野親方
元・白鵬の宮城野部屋を伊勢ヶ濱部屋が“吸収”で何が起きる? 二子山部屋の元おかみ・藤田紀子さんが語る「ちゃんこ」「力士が寝る場所」の意外な変化
NEWSポストセブン
大谷翔平と妻の真美子さん(時事通信フォト、ドジャースのインスタグラムより)
《真美子さんの献身》大谷翔平が進めていた「水原離れ」 描いていた“新生活”と変化したファッションセンス
NEWSポストセブン
羽生結弦の元妻・末延麻裕子がテレビ出演
《離婚後初めて》羽生結弦の元妻・末延麻裕子さんがTV生出演 饒舌なトークを披露も唯一口を閉ざした話題
女性セブン
古手川祐子
《独占》事実上の“引退状態”にある古手川祐子、娘が語る“意外な今”「気力も体力も衰えてしまったみたいで…」
女性セブン
《家族と歩んだ優しき元横綱》曙太郎さん、人生最大の転機は格闘家転身ではなく、結婚だった 今際の言葉は妻への「アイラブユー」
《家族と歩んだ優しき元横綱》曙太郎さん、人生最大の転機は格闘家転身ではなく、結婚だった 今際の言葉は妻への「アイラブユー」
女性セブン
今年の1月に50歳を迎えた高橋由美子
《高橋由美子が“抱えられて大泥酔”した歌舞伎町の夜》元正統派アイドルがしなだれ「はしご酒場放浪11時間」介抱する男
NEWSポストセブン
ドジャース・大谷翔平選手、元通訳の水原一平容疑者
《真美子さんを守る》水原一平氏の“最後の悪あがき”を拒否した大谷翔平 直前に見せていた「ホテルでの覚悟溢れる行動」
NEWSポストセブン
STAP細胞騒動から10年
【全文公開】STAP細胞騒動の小保方晴子さん、昨年ひそかに結婚していた お相手は同い年の「最大の理解者」
女性セブン
年商25億円の宮崎麗果さん。1台のパソコンからスタート。  きっかけはシングルマザーになって「この子達を食べさせなくちゃ」
年商25億円の宮崎麗果さん。1台のパソコンからスタート。 きっかけはシングルマザーになって「この子達を食べさせなくちゃ」
NEWSポストセブン
逮捕された十枝内容疑者
《青森県七戸町で死体遺棄》愛車は「赤いチェイサー」逮捕の運送会社代表、親戚で愛人関係にある女性らと元従業員を……近隣住民が感じた「殺意」
NEWSポストセブン