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2020.02.09 06:59  女性セブン

知られざるアイヌと北方少数民族【後編】 日露の歴史に翻弄

ウィルタ文様が施された皿敷(北海道立北方民族博物館所蔵)

 民具は1976年、ゲンダーヌが網走市内に開設した資料館に展示された。丸太を組んだような木造の資料館は、ウィルタ語で「大切なものを納める家」を意味するジャッカ・ドフニと名づけられた。

 そうした活動の一方で、ゲンダーヌは軍人恩給の支払いを国に求めた。軍人恩給とは、かつて軍人だった者に支払われる年金だ。特務機関長の召集を受けて樺太で諜報活動にあたった自分も受け取る資格があると考えたのだ。そんな頃、ゲンダーヌは兵庫県神戸護国神社に建立された慰霊碑を訪ねたという。扇貞雄の息子・進次郎さんの証言だ。

「その訪問が新聞記事になり、それを読んだ父が網走のゲンダーヌさんのもとを訪ねたのです。32年ぶりに対面した父は、戦争に巻き込んだことを詫びるとともに、軍人恩給のことをゲンダーヌさんから聞いて召集令状を出したことを証言すると買って出ました。やはり贖罪の意識があったのでしょう」

 扇貞雄だけでない。他にも召集令状を配布したと証言する元特務機関員もいた。この問題は国会でも議論されたが、国は「特務機関長には召集権がなく、発行した召集令状は無効である」との見解で、最後まで軍人恩給が支払われることはなかった。ゲンダーヌら樺太の少数民族に、日本は国家として決して報いようとはしなかったのである。

 ゲンダーヌは1984年に網走で亡くなった。資料館のジャッカ・ドフニも老朽化で10年前に閉館した。展示されていた資料は、北方民族博物館に収蔵されている。

 博物館を取材後、ジャッカ・ドフニがあった場所を訪ねてみた。湾曲する網走川に面した静かで穏やかな場所である。夕暮れのなか立ち尽くすうちに、ここが故郷を追われたゲンダーヌにとって安息の地であったと願わずにはいられなかった。

 アイヌや、ウィルタなど北方少数民族の歩みは、根強く残る単一民族神話が幻想に過ぎないことを教えてくれる。

【プロフィール】
◆竹中明洋(たけなかあきひろ)/1973年生まれ。北海道大学卒業、東京大学大学院中退、ロシア・サンクトペテルブルク大学留学。在ウズベキスタン日本大使館専門調査員、NHK記者、週刊文春記者などを経てフリーランスに。著書に『殺しの柳川 日韓戦後秘史』(小学館)など。

※女性セブン2020年2月20日号

白樺樹皮で作られたウィルタ文様の箱(北海道立北方民族博物館所蔵)

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