ライフ

85歳母を妄想から引き戻したネットの洗礼、元恋人の今は…

認知症による妄想から母を引き戻したのは…(写真/アフロ)

 55歳のN記者。父の急死により、認知症の母(85歳)の介護を一手に担うこととなる。そんな母の妄想が始まり苦労し、そこで取ったN記者の行動とは…? ネットで真実を知った後、どうなったか…。

 * * *
 ライターの仕事を始めた頃、調べものといえば書店や図書館だったが、今はインターネットで世界中のたいていの情報がいつでも手に入る。

 親の介護問題に直面し、大慌てで情報収集したのも、母の住処やかかりつけ医を探したのも、すべてパソコンとスマホ画面の中だ。

 SNSを通じて、途絶えていた学生時代の友人との交流も再開できたし、親が認知症になった従姉弟同士、LINEグループでつながって、介護の情報交換や法事の相談も気軽にやっている。ネットのおかげで、時間と空間がグッと広がったと実感している。

 一方、母はネット世界とは無縁だ。乗り物の中でみんながスマホをいじっているのを見て「あれは、何をやってるの?」と聞くこともあるが、母に説明するのは難しい。

「ニュースとか本とか音楽が入っているんだよ」などと言ってみるが、母は「ふーん」と言ったきり興味も続かない。目の前の風景とたまに見る新聞・テレビ、そして認知症になった今では、古い思い出だけが母の世界なのだ。

 そんな母が、ネットの世界と苦い遭遇をしたことがある。正確には私がそうさせたのだ。もう7年前になるが、父が急死したショックからか、母が、なんと20才の時にタイムスリップしてしまったのだ。

「Tくんが私に会いたがって何度も電話してくるんだけど、どうしよう…」

“Tくん”は母が20才の頃の彼氏。芸術系の大学生だったと、母から聞いたことがある。それが父の葬儀に、突如、妄想となって現れたのだ。

 78才の老婆が20才に戻って話す奇怪な様子にも愕然としたが、父の死、葬儀の準備と、未曽有の事態でいっぱいいっぱいだった私は、自分でも驚くべき行動に出た。ネットでT氏のことを調べたのだ。母とは結婚せずに芸術の道を選んだと聞いていた。

「少しは名を残したのかな…いや無名に違いない」と、やや意地悪な気持ちもあった。

 名前を検索するとすぐにヒットした。T氏は彫金家として活躍していた。職人気質を思わせる初老の頃の写真、素朴な作風を賛美するファンのコメントも見つけた。そしてすでに2年前に「家族に看取られて逝去」との情報も。

 わずか数分の間に、母の元彼の生涯を見てしまった気がした。結婚もしたのだなと。

 母を見るとまだ妄想の中。「Tくんが…」と、また言うので、ついに頭に血が上った。

「ママ、しっかりしてよ! Tくんはもう亡くなったって。明日はパパのお葬式でしょ。ママは78才なんだよ」

 ノートパソコンを突きつけ、言い捨てた。母は目を見開き、

「え? これ何?」

 それきり黙ってしまったが、明らかに現実に戻り、悲壮感を漂わせた。悪いことをした。

 その後1年くらい、母はTくんどころではなく、つらい認知症の症状に苦しんだのだが、今はすっかり落ち着いた。孫(私の娘)には、まだTくんの話をしているようだが、「でも、たぶんもう死んじゃったかな…」とつけ加えるという。あの時の衝撃は、しっかりと胸に刻まれたようだ。

※女性セブン2020年2月20日号

関連記事

トピックス

“マエケン”こと前田健太投手(Instagramより)
《ママとパパはあなたを支える…》前田健太投手、別々で暮らす元女子アナ妻は夫の地元で地上120メートルの絶景バックに「ラグジュアリーな誕生日会の夜」
NEWSポストセブン
グリーンの縞柄のワンピースをお召しになった紀子さま(7月3日撮影、時事通信フォト)
《佳子さまと同じブランドでは?》紀子さま、万博で着用された“縞柄ワンピ”に専門家は「ウエストの部分が…」別物だと指摘【軍地彩弓のファッションNEWS】
NEWSポストセブン
一般家庭の洗濯物を勝手に撮影しSNSにアップする事例が散見されている(画像はイメージです)
干してある下着を勝手に撮影するSNSアカウントに批判殺到…弁護士は「プライバシー権侵害となる可能性」と指摘
NEWSポストセブン
亡くなった米ポルノ女優カイリー・ペイジさん(インスタグラムより)
《米ネトフリ出演女優に薬物死報道》部屋にはフェンタニル、麻薬の器具、複数男性との行為写真…相次ぐ悲報に批判高まる〈地球上で最悪の物質〉〈毎日200人超の米国人が命を落とす〉
NEWSポストセブン
和久井学被告が抱えていた恐ろしいほどの“復讐心”
「プラトニックな関係ならいいよ」和久井被告(52)が告白したキャバクラ経営被害女性からの“返答” 月収20〜30万円、実家暮らしの被告人が「結婚を疑わなかった理由」【新宿タワマン殺人・公判】
NEWSポストセブン
松竹芸能所属時のよゐこ宣材写真(事務所HPより)
《「よゐこ」の現在》濱口優は独立後『ノンストップ!』レギュラー終了でYouTubeにシフト…事務所残留の有野晋哉は地上波で新番組スタート
NEWSポストセブン
山下市郎容疑者(41)はなぜ凶行に走ったのか。その背景には男の”暴力性”や”執着心”があった
「あいつは俺の推し。あんな女、ほかにはいない」山下市郎容疑者の被害者への“ガチ恋”が強烈な殺意に変わった背景〈キレ癖、暴力性、執着心〉【浜松市ガールズバー刺殺】
NEWSポストセブン
英国の大学に通う中国人の留学生が性的暴行の罪で有罪に
「意識が朦朧とした女性が『STOP(やめて)』と抵抗して…」陪審員が涙した“英国史上最悪のレイプ犯の証拠動画”の存在《中国人留学生被告に終身刑言い渡し》
NEWSポストセブン
早朝のJR埼京線で事件は起きた(イメージ、時事通信フォト)
《「歌舞伎町弁護士」に切実訴え》早朝のJR埼京線で「痴漢なんてやっていません」一貫して否認する依頼者…警察官が冷たく言い放った一言
NEWSポストセブン
橋本環奈と中川大志が結婚へ
《橋本環奈と中川大志が結婚へ》破局説流れるなかでのプロポーズに「涙のYES」 “3億円マンション”で育んだ居心地の良い暮らし
NEWSポストセブン
10年に及ぶ山口組分裂抗争は終結したが…(司忍組長。時事通信フォト)
【全国のヤクザが司忍組長に暑中見舞い】六代目山口組が進める「平和共存外交」の全貌 抗争終結宣言も駅には多数の警官が厳重警戒
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(本人のインスタグラムより)
《前所属事務所代表も困惑》遠野なぎこの安否がわからない…「親族にも電話が繋がらない」「警察から連絡はない」遺体が発見された部屋は「近いうちに特殊清掃が入る予定」
NEWSポストセブン