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2020.02.18 07:00  NEWSポストセブン

生粋の野村チルドレン ヤクルト・高津臣吾新監督への期待

春季キャンプ、ブルペンで小川泰弘の投球練習を見守るヤクルトの高津臣吾監督(左。写真:時事通信フォト)

 南海、ヤクルト、阪神、楽天と4球団で監督を務めた野村克也さん(享年84)逝去の報は、マスコミでも大きく報じられ、メディアでも連日その偉大な功績を振り返る特集が組まれている。

 生前、野村さんは「財を残すは下、仕事(業)を残すは中、人を残すを上とす」を信条としていた。今季、12球団の監督の半数が現役時代に野村さんの指導を受けており、その言葉を体現した人生だったと言える。野村さんのヤクルト監督時代の教え子は、日本ハムの栗山英樹監督、西武の辻発彦監督、楽天の三木肇監督、ヤクルトの高津臣吾監督。阪神監督時代の教え子は、中日の与田剛監督、矢野燿大監督だ。野球担当記者が話す。

「野村監督の薫陶を受けた期間が3年以下の監督が5人いる中で、ヤクルト時代に8年間も野村監督の元でプレーしたヤクルトの高津監督は生粋の野村チルドレンと言えます。今まで、野村監督の元でプレーした選手が監督になったケースで、指導を受けた最長年数は古田敦也氏の9年。高津監督は2番目に長い。1990年代のヤクルトの黄金期を支えた抑えのエースですから、野村野球の真髄を知り尽くしている。3番目に長い6年の真中満氏は2015年にヤクルトをリーグ優勝に導いていますし、高津監督への期待は否が応にも高まります」(以下同)

 野村さんと高津監督には、いくつかの共通点がある。

「テスト生であり、1年目オフの解雇危機から這い上がったノムさんと比べれば、高津監督はドラフト3位で1年目から1軍で投げており、順風満帆に思われるかもしれません。しかし、高校でも大学でも2番手投手だった。エースにない特徴を模索してアンダースローに転向するなど、常に試行錯誤を重ねてきました」

 2人は、ボロボロになるまで現役生活を続けた点も共通する。野村さんは24年間在籍した南海で42歳までプレーした後、ロッテ、西武に移籍して45歳まで選手として働いた。高津監督は2004年にメジャーに挑戦した後、2006年にヤクルトに復帰するも、39歳になる2007年に戦力外通告を受けました。その後、韓国、アメリカのマイナーリーグ、台湾、日本の独立リーグと渡り歩き、44歳になる年までプレーした。独立リーグでは選手兼任監督を務め、ヤクルトで投手コーチ、2軍監督も歴任した。

「2人ともさまざまな立場を味わっており、酸いも甘いも知っている。また選手時代に日本一も最下位も経験しているところも同じです。高津監督は指導者のなかでも有数の経験を持っており、それが采配にも活きてくると期待されています」

 昨年、セ・リーグ最下位に沈んだヤクルト。思い返せば、2015年に就任した“野村チルドレン”の真中監督は前年の6位から優勝を果たした。1990年、9年連続Bクラスだったヤクルトの監督に就任した野村さんは『弱者の戦い方』を説き、9年の在任中に4度の優勝、3度の日本一を成し遂げた。その黄金時代を体験した教え子である高津新監督は、どんな手腕を見せるか。

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