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固定観念にとらわれない天ぷらの魅力は奥深さと凝縮力

八丁堀の名店「てんぷら小野」のてんぷら

 セリがあしらわれた揚げ餅を口に含むと、茸の豊かな香りが鼻孔をすーっと抜けていった。セップ茸とジロール茸から出汁をとったスープに揚げ餅を浮かせたひと皿──。初めて出会う料理に気持ちは高ぶり、なんともいえぬ幸福感に満たされた。

 天ぷらから大きく踏み出した料理とも言えるが、八丁堀「てんぷら 小野」の志村幸一郎さん(44)は、固定観念にとらわれない。

「もともと天ぷらはヨーロッパから来たもの。そこに原点回帰したいという思いがあって、フランスの茸で綺麗に出汁をとったんです。そこに山形県の酒田でつくられた餅を揚げて入れ、庄内のセリを合わせる。餅のかわりに白子でもいい。天つゆで味を調えているからちゃんと和風になっているし、とにかく旨い。そんなオリジナルなものも大切にしていきたいんです」

 もちろん、エビ、キス、シイタケ、山菜といったオーソドックスな天ぷらの素材に対しても志村さんは真正面からぶつかっていく。「茸と揚げ餅」は、いわば変化球だが、天ぷらの可能性を狭めたくない、というのが志村さんの志なのだ。数種の油を合わせて完成させた天ぷら油、60種類をそろえた塩、ミネラル分の少ない軟水でとる天つゆの出汁、ばらつきの少ない粉。そのすべてが試行錯誤の末に志村さんがたどり着いたオリジナルの素材だ。

 志村さんが天ぷらの世界に入ったのは2006年のこと。食品系の商社マンとして働いていた志村さんだったが、「てんぷら 小野」の長女との結婚を機に、跡を継ぐことを決断する。

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