修業を続ける中で転機が訪れたのは、いまから約10年前のこと。客に誘われ、山形県庄内地方にある井上農場を訪れたことで、一気に食材や人間関係が広がっていったのだ。とりわけ、庄内地方の地産地消を積極的に推し進め、独自のスタイルで注目を浴びていたイタリアン「アル・ケッチァーノ」の奥田政行さん(50)との出会いが大きかった。
「奥田さんには『世界一の美食の街』と言われるスペインのサン・セバスチャンに連れて行ってもらったり、いろいろと教わった。食材に合わせた塩の使い方をはじめ、シンプルな調理の大切さ、科学的な理論もたくさん学ばせてもらった。中でも影響を受けたのは、お客様や食材の生産者への思いやり、人間関係のつくり方でした」
新鮮で旬な庄内の食材が存分に入手できるようになったことで、志村さんの天ぷらの幅は広がっていった。
「この世界に入ったときは、天ぷらはなんて限られた料理法なんだろうと思っていた。でもそれは、単に自分の表現力がなかっただけ。いまは、なんて奥深い料理なんだと思っています。たとえば、牡蠣フライは水分が残っていてジューシーだけど、牡蠣の天ぷらはほどよく脱水され、適度な水分が残っているという違いがあります。その結果、閉じ込められた香りは濃くなり、味も凝縮され、より旨味を感じるようになる。この凝縮力が天ぷらのひとつの魅力。そしてそれは、庄内の魚や野菜のような力のある素材だとより強くなるわけです」