桐子に思い出の味があるように、匙田さんや藪さんや若い墨田君や麦ちゃんにすら忘れられない味はあり、それは二度と再現できないからいいのだという匙田のセリフがいい。〈食いたくて仕方がないのに二度と食えねぇ、二度と食えねぇのに思い出すたびにうまくなる、ってな。そんな料理のひとつもあった方が、男として箔がつくってもんよ〉と。
「食べ物って誰と食べたかでも味が違うし、全く同じ味は二度と味わえないんですよね。私も1人だと結構手を抜いちゃうんですけど、大事な人とおいしいものを食べる時間はこれからも大事にしたいなあと」
まさに食を巡る一回性は人生の一回性にも繋がり、様々な発見や気づきにみちた、人と人の物語である。
【プロフィール】こやなが・とうこ/1982年青森県生まれ。弘前大学人文学部卒業後上京し、IT系のプログラマーに。その後高知に移り住み、結婚。現在10歳の娘と7歳の息子の母。「高知出身の夫と大学で知り合って、ずっと東京と高知の遠距離恋愛でしたが、まだ結婚するかもわからないまま高知への移住を決めてしまって。私も桐子同様、大事な事をえいっと決めてしまう性格かもしれません」。昨年本作で第1回日本おいしい小説大賞を受賞し、デビュー。169cm、B型。
◆構成/橋本紀子 撮影/田中麻以
※週刊ポスト2020年3月13日号